浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(2)――主旨文の検討

 

はじめに

 2020年12月5・6日に開催される歴史学研究会大会特設部会「『生きづらさ』の歴史を問うII――若手研究者問題について考える」に向けて、毎週金曜日に準備ノートを作成します*1

 その2回目は主旨文を検討します。というわけで、歴史学研究会のホームページを訪問したのですが、なんと、主旨文が公開されていない!本誌だけですか・・・。大会の参加者数を増やすためにも、主旨文はウェブ上で公開した方がよいと思うのですが、仕方ありません(※現在、主旨文は公開されています)。ざっくり主旨文の内容を要約しましょう。

 やはり登壇する身としては、テーマに掲げられている「生きづらさ」をどのように理解すればよいのかが気になります。同じく「生きづらさ」を掲げている全体会「『生きづらさ』の歴史を問う」の主旨文もあわせて内容を要約しましょう。

1 全体会の主旨文について

 まず、全体会の主旨文の方です。

 

1)不安な日々と「自己責任」の関係性

 最初に、社会に広がる不安感と「自己責任」論の結びつきが指摘されます。

......家族や地域社会の存続は自明のことではなく……むきだしの個人として、暴力や精神疾患、不安定な雇用の存在が当たり前の社会、それらが貧困と連鎖している社会に生きることを強いられ……当事者としての不安、当事者になるかもしれない不安を、常に抱え込んで……「自己責任」によって発生したものとみなされ、「自己責任」によって解決されることが期待.....

 

2)「生きづらさ」を強いる構造の問題

 次に、大会テーマに掲げた「生きづらさ」という言葉の文脈についての説明が続きます。

......2000年代後半以降、社会運動家精神科医、哲学者、社会学者、社会教育学者らは、このような理不尽な境遇に「生きづらさ」という名を与え……問題は個人にではなくむしろ「生きづらさ」を強いる社会の構造......*2

 

3)背景および事例の説明

 続いて、冒頭の「不安」と「生きづらさ」について、いくつかのデータと事例をあげながら、議論を補強しています。

 

4)歴史学の取り組み①――新自由主義批判

 これらの議論を背景に、歴史学が明らかにしてきたことが紹介されています。具体的には、1930年代に新自由主義(New Liberalismではなく、Neoliberalismの方ですね)の思想が形成されてきたこと、1970年代に資本主義世界に広がったことが指摘されています。

 「先進資本主義国」から世界へとの説明があります。全体としてはそうでしょうが、チリのピノチェト政権の例も知られていますし、ここの説明はちょっと補足が必要な気がします。

 歴研の取り組みとして、以下の2例が紹介されています。

  • 歴研大会「新自由主義の時代と現代歴史学の課題――その同時代史的検証」(2008年)、「民衆運動研究の新たな視座――新自由主義の時代と現代歴史学の課題(II)」(2009年)

 

5)歴史学の取り組み②――生存、共同性、地域史の有効性

 これらの動きに対抗するための、歴史学からの問題提起・方法として以下の事例が列挙されています。

  • 主体の側から市場・国家・社会のしくみと人々の行為の関係を明らかにするための「生存」という新たな視角
  • 個人の生存を起点として形成される共同性への着目の重要性
  • 地域史の有効性、民衆運動の共同性を支えた自律性・規律性

 

6)現状認識と問題提起

 以上のように、歴史学の問題提起と手法を振り返ったうえで、次のような現状認識を提示しています。

......現在、新自由主義がもたらす問題はいっそう深刻化し、歴史研究者である私たちもまた、「生きづらさ」を抱える「当事者」、あるいは「生きづらさ」を抱える人々と同じ社会を生きる「当事者」.......

  最後に、1990年代以降も含めてこの問題を歴史的に検討する必要性を指摘し、歴史研究者が求められていることとして、次のように述べます。

......「生きづらさ」という言葉に投影された現代の社会構造の歪みや欠陥、およびそれが生じた経緯を、「当事者」でもある私たち歴史学研究者の知を結集して明確化していくこと、これによって民衆運動や人々のつながりを強化していくこと......

 気になる点としては、5の「個人の生存を起点として形成される共同性」の内容ですね。「個」と「共同性」は昔ながらの歴史学のテーマですが、「共同性」が発揮する抑圧という側面を、「個人の生存を起点」とすることでどれだけ克服できるのかが問われると思います。

 

2 特設部会の主旨文について

 さて、次に特設部会の主旨文について要約します。

1)歴史研究者自身の「生きづらさ」としての「若手研究者問題」

 まず、この特設部会のテーマにも「生きづらさ」が掲げられ、全体会と連動していることが説明されます。そして、歴史研究者自身の「生きづらさ」の問題として、「若手研究者問題」が位置づけられています。

 そのうえで、若手研究者問題を次のように定義します。

研究者になるための専門的教育を受けながらも、不安定な雇用形態・研究環境・生活状況のもとにおかれている若手研究者が多数いる状態 

 また、これが「すべての学術分野に共通して生じている現象」であり、「学界全体の基盤」を掘り崩す問題、つまり学会活動の支え手が不足し、活動継続が危機に陥るという問題であることが確認されます。そして、学会の連携による解決が急務であると訴えられています。ここの部分は崎山直樹さんとの共著論稿を参照してくれています。*3

 

2)大学院重点化とその後

 続いて、この問題の出発点を、1991年の大学審議会提言を踏まえた文部科学省の「大学設置基準等の改正」、いわゆる大学院重点化政策に置いています。

 これは「世界をリードする研究の推進」、「すぐれた研究者や高度専門職業人養成」のために大学院の充実・強化を謳ったもので、その結果、1980年代の大学院生数は7万人から2000年代に26万人以上に増加しました。

 当時、大きく注目された、水月昭道高学歴ワーキングプア――「フリーター生産工場」としての大学院』(光文社、2007年)を参照しながら、各大学の間で大学院生の確保をめぐる競争が激化し、また大学間の格差が拡大したこと、そして大学院生の間でも就職をめぐる競争と格差が激しさを増したことが説明されています。

 その背景として、全体会の主旨文でも言及された、新自由主義による規定性がここでも問われています。

 

3)国立大学法人化とその後

 さらに、国立大学が法人化されると、2004年度以降に国立大学法人への運営費交付金が恒常的に削減されたこと、そしてその一方で科研費・21世紀COEなど競争的資金の割合の増加したことの影響が指摘されています。

 若手研究者の有期雇用が増加し、その一方で事務・技術職員が減少し、その肩代わりを担う側面があること、その結果として、若手は、

プロジェクト・リーダーとのパトロン・クライアント関係のもと、プロジェクトにそった研究成果や、多くの雑用をこなしながらの研究成果の発信が求められ......人生設計もままならないまま、研究拠点をわたり歩かざるを得ない......

ような状況が出現したと述べられています。このあたりは拙稿を参考文献に挙げてくれています。*4

 その後の状況として、「若手研究者」の実態は重層化・複雑化し続け、世代として20代から50代まで、立場としても院生、非常勤講師、ポスドク、大学や研究機関の所属がない者など、多様化していると述べています。

  そして、若手研究者の「自死」の報道が相次いだこと、その背景として、以下のような若手研究者の「生きづらさ」の要因をあげ、それらに目を向けることを訴えています。

  • 博士課程取得退学
  • 非常勤講師の雇止めによる経済的困窮
  • ポスドクの任期満了後の不安定さ
  • 結婚生活との葛藤

 

4)歴史学関係の取り組み

 ここで、歴史学のなかで生まれた取り組みが触れられています。以下に列挙しましょう。

  • 崎山直樹「崩壊する大学と若手研究者問題」『歴史学研究』第876号、2011年
  • 歴史学研究会、2017年度会務部に「若手研究者問題担当」設置、2019年度「若手研究者問題ワーキンググループ」の立ち上げ

 日本歴史学協会若手研究者問題特別委員会の活動については、同会ホームページで確認できます。

 以前、崎山さんの論考は歴研ホームページで公開されていたのですが、もうリンクがありません。ふたたび公開してはどうでしょうか。

 

5)特設部会の目的

 最後に、この特設部会の目的が説明されています。

 日本歴史学協会若手研究者問題特別委員会は、ウェブ・アンケート調査について立場別報告書を順次、公開しており、またこの問題についての提言を準備しています。そのウェブ・アンケート調査報告を通じて、この問題の実態に迫ることを掲げています。

 なかでも、ジェンダーの視点の重要性が指摘されており、「研究職に就けない/就きにくい」問題は、「女性にとっては古くから存在」していたこと、そして非正規雇用問題が男性の非正規雇用の増大によって初めてアクチュアルになった、という点に注意を喚起しています。*5

 そのうえで、ウェブ・アンケート報告では、男女間格差、ハラスメントの存在、そして歴史関係学会への要望のなかに、切実かつ重要な問題提起が含まれており、この特設部会を通じて、さまざまな世代・立場とともに考える機会にしたいと締めくくられています。

 

3 感想

 「生きづらさ」がテーマということで、どのように報告しようかと漠然としていますが、おおよそイメージがわいてきました。

 しかし、まとめるのも苦労しますね。 今後はぜひ大会主旨文関連はホームページで公開してほしいです。

*1:2020年6月5日にTwitter「あさだしんじ」でツイートした内容を改訂したものです。

*2:参照文献として湯浅誠・河添誠編『「生きづらさ」の臨界』旬報社、2008年が指示されています。

*3:浅田進史・崎山直樹「歴史学と若手研究者問題」歴史学研究会編『第4次 現代歴史学の成果と課題』第3巻、績文堂出版、2017年。

*4:浅田進史「歴史学のアクチュアリティと向き合う」歴史学研究会編『歴史学のアクチュアリティ』東京大学出版会、2013年

*5:藤野裕子歴史学をめぐる承認-隔離-忘却――ジェンダー史を事例として」前掲『歴史学のアクチュアリティ』