浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(5)――西洋史若手研究者問題検討WG「西洋史若手研究者問題アンケート調査報告会」(2013年)の振り返り

 

はじめに――プログラムと報告資料

 さて今回は、2013年5月12日に京都大学で開催された、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループ主催「西洋史若手研究者問題アンケート調査報告会」について振り返ります。

 報告と討論をあわせて、1時間強と限られた時間にもかかわらず、とても濃密な議論が交わされました。

  • 開催日:2013年5月12日(日)17時30分~18時45分

 当日の議論の様子はこちらで読むことができます。

 グループ・メンバーと参加者によるツイートをまとめたもので、おかげで当日の雰囲気を鮮明に思い出すことができました(2020年7月10日時点で17728閲覧数)。

 以下の3報告に加えて、フロア参加者との自由討論が行われました。

  •  第1報告 崎山直樹「西洋史若手研究者問題アンケート調査――収入・研究費を中心に」
  • 第2報告 菊池信彦「西洋史若手研究者の研究環境――アンケート結果分析②」
  • 第3報告 大谷哲「『持続可能な歴史学』のために明日からでも可能な若手支援とは?――アンケート調査項目『自由記述欄』に寄せられた意見から」

 当日の3報告の資料については、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループのウェブサイト内「2013年5月12日(京都)アンケート調査報告会」のページをご覧ください。

 

1 報告の振り返り

(1)崎山報告について

 まず、崎山直樹さんの報告について振り返ります。今回の報告は、このブログの2020年7月3日にアップした「2020年度歴研大会特設部会準備ノート(4)――西洋史若手研究者問題検討WG『日本西洋史学の未来』(2013年)の振り返り」の記事に紹介した内容を補強したものです。

  アンケートの概要

 この報告の前半では、アンケートの概要、とくに回答者の属性がカラーのグラフで分かりやすくまとめられています。

  • 性別(男性70%、女性29%、無回答1%)
  • 年齢構成(31~35歳30%が最大、続いて36~40歳26%、26~30歳18%、40歳以上16%、25歳以下9%)
  • 立場(大学院生32%が最大、大学教員31%、非常勤講師17%、研究機関研究員13%、その他の立場7%)
  • 院生の学年(博士41%、修士25%、オーバードクター19%、海外15%)

 また、個人の年間収入の設問について、回答者平均額が327万円、そのうち約半数が200万円未満であったこと、また世帯収入でも回答者平均額が489万円で、約4分の1が200万円未満であり、かなり経済的に厳しい状況にあることが指摘されました。

 そのうえで、「研究を進めていく上での困難」の設問のうち、研究調査資金の不足を「とても感じる」・「ある程度感じる」と回答した割合は、とくに院生8割弱、非常勤講師9割、「その他」の立場8割を占めたことが報告されました。

  科研費西洋史分野申請状況」の推移(2007年~2012年)

 2013年4月に西洋近現代史研究会との共催で報告した内容、すなわち科学研究費補助金西洋史分野申請状況」の推移(2007年~2012年)が、いっそうみやすいグラフで、また根拠資料もついた形で提示されました。

 繰り返しの内容になりますが、ポイントを確認すると以下の通りです。

  • 申請件数のゆるやかな減少傾向
  • 「研究スタート」・「若手B」の増加と基盤Aの激減
  • その結果、金額では申請件数の概算で約1億円、採択件数の概算で約3000万円の減少

 「大型種目」である基盤Aの激減の理由として、リーダー的研究者のリタイアする時期であることが影響したのではないか、そして若手種目の申請件数の増加の理由として、各人の「自助努力」の結果、あるいは各大学で「特別研究員」制度が整備されたことにあるのではないか、との説明がありました。いずれにせよ、西洋史分野の研究費総計が大きく減少しました。

 これに対して、以下の改善案が示されました。

  1. 大学院生に対する経済的支援・研究費支援(大学・学会についての学振申請への組織的なサポート)
  2. 各大学の「特別研究員」制度の拡充(研究環境へのアクセス確保、科研費IDの付与)
  3. 科研費申請の奨励、支援(学会による組織的な支援の可能性、参考資料として、日本数学会「科学研究費補助金申請への呼びかけ」『数学通信』16巻2号、2012年

 3について、補足説明がありました。

 科研費は、専門分野ごとの申請課題数、申請研究経費総額の増加割合に応じて、翌年度の配分額が反映される制度になっています。そのため、学会として対応を考えることにも意味がある、という提案でした。

 制度に変化がないかどうか確認する必要がありますが、科研費に落ちたとしても、申請自体、自らが所属する学問分野に貢献するということであり、また翌年度に自分の研究課題が通る可能性を高めることになることです。

 したがって、研究者番号をもって申請できる立場にいる人は、一度二度、落ちたとしても、決して諦めないことが自分にとってもその学問分野にとっても大切ですね。

  提案

 最後に、学会・研究会を通じた共同研究のマッチングを進めることが提案されました。
 アンケート回答分析では、常勤の大学教員をはじめ、多くの立場の研究者がなかなか研究時間がとれていないことが明らかになりました。

 そこで、科研費申請に必要な研究者番号をもつ研究者と、研究者番号をもたず、かつ研究ノウハウを必要とする若手研究者が協力し、共同研究を申請する枠組みづくりが提案されました。

 ただし、注意すべきと指摘された点は、その際に両者の間が上下関係にならずに、研究者として対等な立場での関係づくりに努めることです。

 アカハラパワハラが生じる関係になってはいけませんからね。

 欧米の歴史学界では、共同研究プロジェクトについて、ワークショップやシンポジウムを企画し、ペーパーを募集して、学会誌の特集や論集を編纂することが普通ですが、日本の歴史学界ではほとんどみかけません。

 日本でも、孤立しがちな若手研究者に共同研究の機会を提供するために、学会が経験豊富な研究者と若手研究者を仲介するこうした取り組みを進めることにもっと積極的であってよいと思います。

 そうしたオープンな形で始まった共同研究が科研費に申請する取り組みが増えれば、いっそう開かれた学界になると思います。

 

(2)菊池報告について

 次に、菊池信彦さんの報告についてです。*1こちらは、アンケート回答のうち、とくに「文献入手環境」、「(学術)コミュニケーション環境」に焦点を合わせた内容になっており、とてもみやすいグラフにまとめられています。


 文献入手環境について

 まず、「文献を購入する経済的余裕がない」の設問についてです。

 「とても感じる」・「ある程度感じる」と回答した割合は、非常勤講師の9割強を占めて最多となっています。そして、「その他」の方が8割強、大学院生が7割強、研究機関研究員が6割強と続きます。常勤の大学教員であっても、4割が文献購入に経済面で困難を感じている結果となっています。大学間の格差がうかがわれます。

 第二に、「文献を収集する環境が整っていない」の設問についてです。
 この設問では、「とても感じる」・「ある程度感じる」と回答した割合は、「その他」の立場が8割を超え、非常勤講師が6割強、大学院生が5割強となっています。回答者全体でも、困難を感じている割合は5割を占めており、この問題も歴史学系の若手研究者にとって大きな問題であることがわかります。

 さらに、関連する自由記述欄の回答を紹介しています。いくつか抜粋・再掲しましょう。

  • 非常勤教員、中高など教員・一般企業へ就職した若手研究者が「国内どの地域でもリサーチや研究を続行できる環境が欲しい」
  • 「大学に所属していないということが、文献を集める上で相当な障害に」
  • 「とりあえず無給のポストでも構わないので、図書館のアクセスを保証し、研究者としての肩書きも与えてくれるものを設置」してほしい
  • ODが大学非常勤講師の職の有無を問わずに大学図書館を継続して利用できるようにしてほしい

 ここから、報告者は、博士課程修了後の大学図書館の利用を求める声が多いことに着目しています。また、この問題の地方間の差異がもつ影響についても示唆しています。

 (学術)コミュニケーション環境について

 続いて、「学会・研究会に参加することが難しい」の設問についての分析です。
 この設問に「とても感じる」・「ある程度感じる」と回答した割合は、全体で7割を占めました。なかでも、非常勤講師が9割、そして研究機関研究員でも8割弱が困難を感じています。

 ここでも関連する自由記述欄の回答が紹介されています。一部を抜粋・再掲します。

  • 「若手や学生が学会や研究会に来ないことの原因を若手の怠慢だけに求めず、学会・研究会全体の問題として受け止めて」ほしい
  • 「就職していない若手あるいは任期付きの職にある若手研究者の学会参加への補助(交通費など)をもっと考え」てほしい
  • 「同じ専門分野の人と接する機会が少ない」

 また、学問分野間・学会間の交流の必要性を訴える声も多く寄せられていました。

  • 「他の人文分野との交流が必要」
  • 歴史学者以外の研究者にもさらに門戸を開くべき」
  • 「学会間の交流がすくないから、テーマ横断的な研究が少ない」
  • 「組織的統合は難しいとしても、せめて学会間の横の連携を強化するべき」

 さらに、「論文を発表できる媒体が限られている」と感じている若手研究者もかなりみられることにも言及されました。回答者全体では4割が、大学院生では5割程度、「その他」の立場では7割近くが困難を感じていました。

 学会誌の発行回数を増やす要望や学会誌への投稿のための学会費の負担が大きいとの声が紹介されました。

 最後に、文献へのアクセス、研究会参加、論文投稿先の確保のいずれの点でも、とくに「非常勤講師」が苦しい立場にあることが指摘されました。

 

(3)大谷報告について

 さて、最後の大谷哲さんの報告をみていきましょう。こちらはアンケート回答の自由記述欄を分析したものです。まず、分析の結果として、アンケート回答者の要望を以下の6点にまとめています。

  1. 実態調査
  2. 見解・提言の明示
  3. 学会運営・参加の負担の見直し
  4. 投稿機会拡大・明快査読
  5. 大学図書館へのアクセス権
  6. 学会間交流の促進

 また、「あらゆる研究者にのしかかる負担」として、研究を行う時間が充分に取れないことが確認されます。

 そのうえで、いくつか自由記述欄の回答をピックアップしながら、コメントが述べられています。

  • 「院生に学会運営の雑用をお願いするのは、断りづらいことも多いので、控えてほしい」

 この回答について、「若手は断れない」ことが多く、「自発的協力に見えても過重負担には常に注意が必要」であると指摘されています。

  • 「学会事務を正当な対価なしに任期なし常勤以外の人間にやらせるべきではない」

 こちらには、将来に渡り生活が保障されていない人に無償で、あるいは有償でも重すぎる仕事量負担を求めることが問題であると述べます。

 関連して、「当初は学生のプロモートという目的で始まった諸学会」が「乱立」し、「むしろ開催や人集めのために、若手(とりわけ大学院生)が引っ張り出され酷使されるという状況に陥ってはいないか」、さらに「中堅の積極的な参加が見られないように思われ(…)バトンがうまく渡されず、若手への期待、ないし、圧力が感じられる」という回答が紹介されました。
 そのうえで、「学会運営参加の対価が不明瞭」であることが問題ではないか、とフロアに問いかけました。「本来、学会企画運営の経験は重要なアカデミック上のスキル・実績」であり、しかし依頼するベテラン、依頼される若手がそれぞれに認識曖昧なまま、学会運営に携わっている状況があるのではないかと述べました。
 これらの問題を踏まえたうえで、最後に、若手研究者の学会運営参加を「若手支援の方法」に変えようと、いくつかの提言が示されました。もちろん、その際には、「学会運営が過剰負担にならないように常にチェック」する必要があると念を押しています。それでも、やはり若手研究者の学会運営への参加は、自身にとっても学会にとっても将来のために必要であり、若手が運営中枢に参画するべき、と訴えました。

 提言は以下の通りです。

  1. 運営参加の対価が不明瞭にならないように謝金などで明確にする
  2. 運営の担い手の選び方に不公平感がないように募集をオープン化し、運営の分業化を進める
  3. 学会にお金がなく必要な資金がないならば、学会グッズを販売したり、寄附を呼びかける
  4. 学会の活動に多く費用がかかるのは雑誌編集・印刷費であって、版組を自前で行ったり、ウェブ上での電子配布を進める
  5. 学会参加への旅費負担の高さについては、パブリック・ビューイングの導入する(本会場と複数都市の会場をリアルタイムでWeb中継、遠隔地からの議論参加をより容易に)

 4については、個人的には、雑誌編集作業はかなり専門的な技能が必要で、そのノウハウの継承はかなりしっかりとした枠組みを作らないと難しいかと思っています。

 ただ、関わっている学会では、長年、薄給で学会誌編集を担ってきた方の退職が目前に迫っているので、否応なく対応を迫られているのが現状かと考えています。

 

3 討論

 さて、続く討論は、これまでに関わってきた関連の報告会のなかでも、一番熱気があった会になりました。むしろ、この後の会はこの問題への関心がどんどんと弱まってしまった感があります。

 いくつかtogetterまとめからピックアップしましょう。

  • 学振の申請数の減少、大学院に進む人、研究者にならない人が増える、今後は人手不足に陥るのではないか
  • 大学図書館アクセスの改善は比較的短期に実現可能ではないか
  • 参加しやすいように交通の便がよいところだけで学会を開催すると、開催校が集中する問題もある
  • 合同で学会を開催する可能性を模索、コンベンションセンターでも可能では
  • 若手研究者問題を誰の問題としてとらえるかにより、方策も変わってくる
  • 大学・学会全体の問題ではないのか
  • 世代を縦断して問題を共有すべき

 また、この後の取り組みでもつねにつきまとう論点ですが、「アンケートに回答したり、本会に参加したりする人はある一定の層ではないか」という問いかけがありました。これはなかなか難しいですね。こうした取り組みについての理解が得られない、信用・信頼が不足している、あるいはこうした情報がそもそも届かない、という問題です。地道に取り組みを続け、また批判に耳を傾け、自らの取り組みに問題がないか、つねに省みるほかないと思います。

 一番、盛り上がった論点は、科研費に申請するための研究者番号の付与でした。「非常勤先が母校でも研究者番号を請求したがはねられた」という声があがりました。そのうえで、「何か切り口、切り込み方は」ないか、という打開策をめぐる質疑応答です。
 糸口の一つは、大学自体にもメリットがあることを事務方に理解させるということでした。若手が研究費をとれば間接経費が大学に入りますので、それ自体がメリットになります。学振申請へのサポートや非常勤講師への研究者番号の付与は、大学にとって有効な手段であると訴えることです。

 しかし、現在はどうでしょうか。この時点よりも科研費の研究者番号の付与は厳しくなっているような気がします。あらためて調査が必要な問題でしょうか。

 崎山さんの報告で提案されていたことですが、学振申請書類については最初の段階で組織的なサポートが重要だと力説されました。一人で、ノウハウもなく、まっさらな状態で、学振申請書類を仕上げるのはかなり難しいですものね。これは科研費についても同様です。

 もう一つ、別な論点としては、「大学院重点化政策」の対象が基本的には「旧帝大」重視であって、その一方で私立の大学院を研究機関としてサポートする制度が宙ぶらりんのまま、国立・私立の二極化が進んでいるのではないか、という問いです。

 こちらも振り返ってみると、重要な問題だと思います。学生数でいえば、史学科という制度のなかで、歴史学を学んでいる学生の割合は、圧倒的に私立大学ですから。この問題にきちんと向き合う必要があるでしょう。

 最後に、討論のなかで、いくつか心に残っているコメントを再掲します。

  • 若手が下から突き上げて終わるというのが一番不毛な展開。大事なのはこうした問題を人前で話して共有していくこと。「この話題を口にしていいんだ」という空気をつくっていく(大谷哲さん)
  • 「中堅は若手の時の苦労を忘れている」「これはマジ」

所感

 この議論のなかで、次の一手として、学会を動かそう、それを提言に盛り込もう、という方向性ができました。これはいまの日歴協の若手研究者問題特別委員会の取り組みに直接つながります。

 振り返ると、もちろん研究者としての安定的な雇用の確保こそ、若手研究者問題の中心だと思いますが、同時に改善するべき問題として、いくつも重要な点が明確になったと思います。

  • 研究資源へのオープンアクセスの促進
  • 学会による共同研究のマッチング促進
  • 研究者番号の付与
  • 合同開催など学会間の連携の促進
  • 院生などの不安定な立場にある若手の無償奉仕を避ける

 こうしたことは列挙するといまさらな感があるかもしれませんが、それぞれ個別具体的に解決すべき問題です。これらは若手研究者が個人で解決できない、学会全体の制度的な問題であるということです。

 すでに述べましたが、この報告会はこれまでかかわってきた取り組みのなかで、いちばん熱気のあった会と記憶しています。とても有意義で、二度目はない会だったと思いますが、それだけにこの後の活動の継続が大変だった感があります。

 蛇足ですが、崎山さんが分析した科研費申請・採択件数の推移ですが、歴研大会特設部会の前に「史学」で一度整理して、こちらでアップしてみる価値はありそうです。

*1:参考までに、菊池信彦若手研究者問題と大学図書館界――問題提起のために」『カレンアウェアネス第315号、2013年。