浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(12)――東歴研シンポコメント、大学・大学院進学率および高等教育機関への公私費負担の国際比較

 

1.東歴研コメントについて

 2015年3月22日に東京歴史科学研究会が主催した緊急シンポジウム(於一橋大学)でコメントを引き受けたことがあります。

 在外調査の出発直前に依頼を受け、慌てて資料をかき集め、電子データ化して、往復の飛行機のなかでコメントを作成しました。帰国の日は当時委員を務めていた研究会があり、空港から直接参加し、さらにその翌日が緊急シンポの日でして、大変だった記憶があります。

 当日に向けてコメント用資料を準備しましたが、細部の確認が間に合わず、レジュメを会場で配布することはあきらめ、口頭で話しました。とても早口で説明してしまい、フロア参加者にはわかりにくかったかもしれません。

 今回、歴研大会特設部会に向けて準備するにあたって、ここでのコメントの知見も若手研究者問題を考える際におさえておくべき前提になると思います。

 そこで、今回は修正したコメント用資料に出典の注記をつけたものをここにアップします。

 この緊急シンポジウムは、2014年6月に公布され、翌年4月に施行された学校教育法改正法以降の地方・首都圏国立大学の「ガバナンス改革」の現状について、個別の報告とコメントを加えて討論するものでした。わたしは私立大学の立場からコメントしました。

 ただ、もちろん大学行政・大学教育は専門外ですので、以下の論考をもとに、中教審などの主要な資料を参考にコメントを作成しました。

 

野中郁江「高等教育政策と『私立・国立同等の原則』の提案」

山賀徹「私立大学の財政困難と経営の問題」

藤田実・三宅祥隆「私立大学における教育・研究と文科省の政策誘導」

田中直「私立大学教員の身分の不安定化と権利侵害」

 

 この4本の論考はいずれも『日本の科学者』(第46巻第10号、2011年10月)の「〈特集〉私立大学の危機――現状と打開の方向」に掲載されたものです。いずれもとても勉強になりました。今でも読む価値があると思います。

 これに加えて、石原俊さんの論考がとても参考になりました。

石原俊「大学の〈自治〉の何を守るのか――あるいは〈自由〉の再構築に向けて」『現代思想』(特集大学崩壊)第42巻第14号、2014年10月

 東歴研シンポでのコメントは、これら5本の論考をもとに、シンポジウムの趣旨に合わせて整理したものです。以下に主な論点を列挙します。

  • 脆弱な日本の高等教育政策のなかで、日本の私立大学は、国際人権規約(A規約第13条2(b)(c))に掲げられた人権問題としての高等教育への進学機会を保障する役割を担ってきた(2014年時点で私立大学の学生数割合は77.4%)。
  • 日本の4年制大学進学率は決して高くない。とくに首都圏と地方の進学率との格差、およびその男女別進学率の格差はとても大きく、30%台にとどまる地域は少なくない。地方私大の統廃合よりも、地方での高等教育進学機会の保障が必要である。
  • 1970年代から受益者負担主義による脆弱かつ競争主義的な高等教育政策が貫かれてきた。
  • 私立大学ではこれまでの理事会のトップダウン経営への対抗に加えて、新自由主義的大学政策のカップリング(「学長のリーダーシップの確立」)が進んできた。
  • この40年にも及ぶ受益者負担主義と競争の理念に貫かれてきた高等教育政策の歴史を念頭に置いたうえで、国公立・私立の設置形態の別を超えて、大学の教職員は連携して「大学の自由」・「大学の自治」の重要性を社会に説得的に訴えかける必要がある。

 

2.「低学歴社会」としての日本――高等教育機関(学士号相当以上)の進学率の推移

 最近、日本は「低学歴社会」ではないか、という議論を目にするようになりました。

 わたしもこの東歴研シンポへのコメントを準備する過程で、一部の大都市圏と地方との間の進学率の、さらにその男女別進学率のあまりの格差に驚きました。この知見は、若手研究者問題は学部から考えなければならないのではないか、と考えたきっかけになりました。そのうえで、大学院進学率についても検討する必要があると思ったのです。

 国際比較では、しばしばOECDのEducation at a Glance(『図表でみる教育』)が参照されます。

 それでは日本での4年制大学、すなわち学士号相当の大学進学率、大学院修士課程・博士課程の進学率は国際比較の観点からはどうなのでしょうか。

 ここでは、2013年から2018年までの6年間の日本とOECD平均の大学・大学院進学率の推移を整理してみました。

 

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 注記にも書いておきましたが、最新の2020年版に掲載された2018年のデータは、2017年以前と大きく異なっています。具体的には、OECD平均の大学・大学院進学率と日本の博士課程大学院進学率が大きく下がっています。

 これをみると、少なくとも2018年のデータでは、日本の4年制大学進学率はOECD平均とほぼ同等です。しかし、都道府県別進学率、さらにその男女別の進学率でみると、OECD平均を下回る地域がかなりあることは留意すべきでしょう。*1

 さらに、2018年の大学院進学率は、修士課程で日本が8%に対して、OECD平均は19%、博士課程では日本が0.7%に対してOECD平均は1.4%と倍以上の差があります。もちろん大学院卒が日本の労働市場でなかなか受け入れられないという問題がありますが、少なくともOECDの統計では、大学院進学率の点で、日本は「低学歴社会」といえるでしょう。

 

3.高等教育機関への公財政支出の対GDP比とその公私負担の割合

  日本の高等教育機関への公財政支出が国際比較の点で非常に脆弱だ、と指摘される場合も、しばしばOECDEducation at Glance が参照されます。

 専門外ですが、やはり歴研特設部会前に、一応、データを確認しておくほうがよいでしょう。

 まず、高等教育機関への公財政支出と私費負担分が対GDP比でどれくらいなのかについて、2013年から最新の2020年版に掲載されている2017年までのデータを整理しました。

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 日本とOECD平均の公財政支出と私費負担の対GDP比の数値がちょうど逆転しているという指摘がしばしばみられますが、2017年のデータでも通用しますね。

 それにしても、財政支出の対GDP比は2013年の0.6%から2017年の0.4%に大きく減少しています。2017年度の日本の名目GDPは約546兆円ですので、0.1%は約5460億円になります。今年は、新型コロナ感染症対策で授業料減免のための補正予算など高等教育関連の支出が大幅に増えそうですが、それでもOECD平均にまで達することはなさそうです。

 次に、高等教育機関に対する公財政支出および私費負担の割合について、2013年から2017年までのデータを整理した表を添付します。

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 こちらも日本の高等教育政策の脆弱さを指摘する際に、しばしば利用されるデータです。合計が100%にならない年もありますが、元データの通りに記載しています。

 やはり日本の家計負担の割合の高さが目につきます。2017年の家計負担のOECD平均が21%に対して日本のそれは53%に上り、32ポイントの差があります。

 それにしても、2013年以降、日本の家計負担の割合が高まっています。日本の高等教育政策における受益者負担主義が国際比較からみて顕著なことがわかります。高等教育への進学機会を私立大学に依存し、高騰する学費を家計負担に委ねてきた結果が数字に表れているといえるでしょう。それが日本の大学進学率の地域間・男女間格差、そして大学院進学率の低さに影響を与えていると思います。