浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(13)――「歴史学のなかの若手研究者問題」『歴史評論』第804号(2017年4月)の振り返り

 

はじめに

 さて、今回は2017年4月に『歴史評論』第804号に掲載された拙稿を振り返ります。

  • 浅田進史「歴史学のなかの若手研究者問題」『歴史評論』第804号、2017年4月、41-50頁。

 読み直すと、依頼されて大慌てで書いたため、文章表現の拙さが目立ちます。いまさら直せませんので、気持ちだけは立て直して向き合います。

  この論考では、歴史学関係の学会にとってこの「若手研究者問題」がすでに半世紀以上の歴史があるということを指摘し、注記で関連文献を挙げました。「はじめに」の副題に「積み重なる若手研究者問題」と付けた所以です。

 1980年代前後にメディアにも取り上げた「オーバードクター問題」は、18歳人口の増加と大学進学率の上昇によって緩和されたと指摘されますが、それは私立大学の非常勤講師の高い依存、つまり「非常勤講師問題」へと移行しました。その議論のために作成した表に最近の数値を補足しました。次節で検討します。

 

1 1980~2016年度人文社会科学系本務教員数・兼務教員数および1人当たり学生数の推移

  それでは『歴史評論』に掲載された拙稿(2017年)の表「人文社会科学系本務教員数・兼務教員数および1人当たり学生数」に、現時点での直近のデータとなる2016年度の数値を加えたものをここに掲載しましょう。

 

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  こちらをみると、人文科学系では、2013年度から2016年度にかけて本務教員数は、2万3067人から2万2981人へ83名のマイナスになった一方で、兼務教員数は5万9146人から6万565人へと1419人のプラスになっています。

 そのうち本務先なし兼務教員数は4万271人から4万1536人へと1265人も増加しました。この間、学生数が1万962人の減少ですので、本務教員1人当たりの学生数も16.4人から15.9人と若干減っています。これに兼務教員を含めた教員1人当たりの学生数も4.4人となっています。

 拙稿では、1980年代の「オーバードクター問題」が1990年代後半に「非常勤講師問題」へ移行し、それが解消されないまま、2000年代半ばに入って「ポストドクター問題」が重なったのではないかという見取り図を示しました。上記の表をみれば、人文科学系での非常勤講師への高い依存は、むしろ高まったといえるでしょう。

 社会科学系の場合、同期間に本務教員数は、2万3763人から1万9115人へと4648人と大きく減少しています。それとは反対に、兼務教員数は2万5046人から2万9791人へとほぼ同じ人数となる4745人も増加しました。本務教員1人当たりの学生数は35.7人から43.4人へと急増しています。それに兼務教員数を合わせることで、教員1人当たりの学生数は17人と2013年度とほぼ同水準となります。ただ社会科学系の場合、本務先なし兼務教員数は、1万358人から1万550人へと微増にとどまります。

 大学非常勤講師の経験が若手研究者のキャリア形成につながるという見方からすれば、人文科学系と比較した社会科学系の場合の兼務教員に占める本務先なし教員の少なさは評価に悩みます。

 ただ、わたしは経済学部に勤めていますので、人文科学系の教員1人当たりの学生数に社会科学系ももう少し近づけてほしいと思っています。

 

2 2019年度人文社会科学系博士課程卒業者の進路状況

  次に、2019年度の人文科学・社会科学博士課程卒業者の進路状況について、文部科学省の区分にしたがって、その実数と比率を確認しておきましょう。

 

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 これをみると、2019年度人文科学博士課程の卒業生のうち、「文学」213名、「史学」78名、「哲学」121名、「その他」593名となっています。その史学」の博士課程卒業者のうち、「正規の職員等」に就職した者はわずか12.8%と他の分野が20%を超えているなかで、突出して低い割合になっています。「正規の職員等でない者」は19.2%であり、「正規の職員等」と「正規の職員等でない者」の比率が逆転しているのは「史学」だけです。

 「就職者」と「一時的な仕事についた者」を除いた者となる、「左記以外の者」と「不詳・死亡の者」はそれぞれ28.8%と28.2%です。「左記以外の者」は「その他」が38.6%と突出して高く、「不詳・死亡の者」は僅差で「哲学」の29.8%がもっとも高い割合になっています。

 最後に、「史学」の「卒業者のうち満期退学者」は75.6%と突出して高い数値となっています。

 拙稿(2017年)では、2012年度の「史学」の場合、142名の卒業生のうち、「正規の職員等」として就職した者は28人(19.7%)、「不詳・死亡の者」は38人(26.8%)だったことを注7で紹介しています。年度によってかなり変動がありそうなので、長期的なスパンで動向を分析する必要があると思います。ただそれでも、2012年度と2019年度を比べた限りでは、「史学」の博士課程にとっての若手研究者問題は悪化したといえます。

 次に、2019年度の「史学」博士課程の国立・公立・私立の別および性別に分けた卒業者の進路状況を確認しましょう。

 

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 これをみると、さきほどの「不詳・死亡の者」は私立の大学院博士課程に集中していることがわかります。女性の29.4%もさることながら、男性の42.5%はあまりに高い数字です。

 また、就職者のうち、「正規の職員等」には、国立の大学院男性が14.3%に対して女性が該当者なしと大きな差があります。さらに、「正規の職員等でない者」には国立と私立の大学院女性がそれぞれ25%と23.5%と多く、また「一時的な仕事についた者」には国立の大学院女性が50%と突出しています。

 さらに卒業者に占める満期退学者の割合は、国立も半数以上を占めますが、私立は男性が8割、女性が8割を超えています。

 

3 全国大学院生協議会『2019年度大学院生の研究・生活実態に関するアンケート調査報告書』について

 拙稿(2017年)では、2015年度の全国大学院生協議会が毎年行っている大学院生の研究・生活実態アンケート調査を参照しました。そこでは、

  • 大学院生の3人に1人が週10時間以上のアルバイトをこなし、4人に1人がアルバイトのために研究時間が確保できていないこと
  • 大学院生の半数が奨学金を借り、4人に1人が500万円以上の借金を抱えていること
  • 奨学金借入経験者の84.6%が将来の返済に不安を覚えていること

 などを紹介しました。

 ちなみに全国大学院生協議会によるアンケート調査報告書はこちらのページからダウンロードできます。

 それでは、2019年度の調査結果と上の数値を照らし合わせてみましょう。

  • 大学院生のおよそ2人に1人が週に10時間以上のアルバイトに追われており、7割は研究になんらかの影響を及ぼしていること
  • 大学院生の半数が奨学金を借り、4人に1人が500万円以上の借金を抱えていること
  • 奨学金借入経験者の86.4%が将来の返済に不安を覚えていること

 大学院生の経済状況がいっそう深刻化しています。2019年度のアンケートでは、「利用する必要がないため」に奨学金制度を利用しなかった大学院生は0%になったとのことです。大学院生活での研究・生活上の懸念として、「生活費の工面」を挙げる者が7割に達し、「研究上の見通し」・「就職」もいずれも7割近くに及んでいます。

  また、9~10頁には、以下のような指摘があります。

2019年5月に可決された「大学等における修学の支援に関する法律(大学等修学支援法)」において大学院生が対象外であると明示されたように、高等教育機会均等への漸進的進展のなかで、大学院生の経済的困難の問題が今後さらに取り残されていく懸念がある。

 日本の大学院進学率は、国際比較からみればむしろ低い水準です(2018年、日本の修士号相当進学率8%、同博士号相当進学率0.7%、OECD平均修士号相当進学率19%、同博士号相当進学率1.4%)。学院生に対する給付型奨学金の拡充が必須であると強く主張します。*1

 

4 研究資源へのアクセスの保障に向けて

  さきほどの進路状況をみれば、「史学」博士課程の院生にとって将来の展望がいかに不透明に感じているかが想像されます。その多くが経済的困難と奨学金返済への不安を抱えています。

 それにもかかわらず、博士号を取得もしくは満期退学すれば、その多くが大学院生としての身分を失い、それによってこれまで利用できていた研究資源へのアクセスが著しく制限される可能性が高いのです。

 これは、研究者にとっての死活問題であって、拙稿(2017年)では、「先の展望の見えない博士号取得は、研究者への道を歩み続けるかどうかの覚悟をともなうもの」であって、「まるで博士課程の修了が研究職を志す者に対して何か罰を下すかのよう」と指摘しました。

 この研究資源へのアクセスの問題は、これまでの振り返りで指摘してきたように、世代や立場を超えて議論できるテーマだと思います。たとえば非常勤講師あるいは研究機関の所属をもたない研究者、あるいは定年退職した研究者にとっても関心をもって議論ができるのではないかと思います。

 拙稿(2017年)では、以下のような案を提示してみました。

  • 日本学術会議あるいは日本学術振興会の下に研究者登録機関を設置
  • 博士号取得者および日本学術会議分野別委員会がそれぞれ分野ごとに指定する学会誌に一定本数以上の論文をもつ者に、申請を通じて研究者登録機関に登録
  • その登録者は科学研究費補助金の研究申請者もしくは研究分担者となれる研究者番号を付与
  • 研究上の地域間格差を少なくするため、各地域に研究拠点となる大学図書館を定め、登録者は居住地に近い大学図書館のデータベースのアクセスや書庫の立ち入りなどの便宜が図られる
  • 5年程度の更新制として更新申請があれば原則的に研究者登録機関所属の継続

 この案の趣旨についてこんな風に書きました。

博士号取得者は、本人の学費と大学院に税を通じて投入された資金によって、長年かけて研究機関のなかで育った一人の研究者である。その者に対して、研究継続の意志があれば、研究資源へのアクセスを保障することは、社会的財産となるだろう。

 日本学術振興会の下に設置するなら、登録者には「日本学術振興会登録研究員」のような肩書を付与してはどうでしょう。

 この案は、博士号取得者を増やしたい文部科学省、学会論文投稿数の減少に悩む学会、本務先のない非常勤講師の研究者としての身分保障、勤務先の研究設備が不十分な機関に勤める大学教員、退職した元大学教員の誰にとっても利益があると思うのです。

 

提言と所感

  そのほか、拙稿(2017年)では、歴史学関係者が若手研究者問題に取り組む際に、歴史系の学会・研究会間、そして研究者間の連携の必要性を訴えました。

 その連携とは、抽象的な意味ではなく、学会間の共催学会総合情報サイトのような具体的な取り組みのことです。学会・研究会間のメーリングリストも必要ですね。一部の学会・研究会が若手研究者問題に取り組んでも、個別分散化が進みすぎて、その情報が行き渡らないのですから。

 歴史系の学会に所属している研究者は、文部科学省の「史学」に限らず、法・経済・農・医・工などの社会科学系・自然科学系の学部にもいます。そのため、文科省の統計資料から全体像を把握することが難しいのです。

 さらに、「史学」の大学院生が激減した一方で、「その他」としか把握されない大学院生が激増しました。その結果、「その他」にふくまれるであろう歴史系の大学院生の実態が、文部科学省の統計資料から把握できなくなりました。

 ですから、いっそう学会・研究会、そして個々の研究者が情報交換・連携できるような制度設計を考える必要があると思います。

 そのほか、これまでの振り返りで述べてきたような論点を記載していますが、最後に、大学院生が自らのキャリア形成を展望できるように、国立・公立・私立やジェンダーなどさまざまな属性による、多様なロールモデルを明示することを提案しました。

 次回は、歴史学研究会編『第4次現代歴史学の成果と課題 3 歴史実践の現在』(績文堂、2017年)に掲載された共著論考を振り返ります。