浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(14)――「歴史学と若手研究者問題」歴史学研究会編『第4次現代歴史学の成果と課題』(2017年)の振り返り

 

はじめに

 前回の振り返りで2017年4月に刊行された『歴史評論』所収の拙稿を取り上げましたが、ほぼ同時期に歴史学研究会からも依頼を受けまして、2017年5月に崎山直樹さんと共著の形で以下の論考を発表しました。

 ありがたいことに出版社から今年8月末に重版が決まったとの連絡をいただきました。

 この機に表の一部スタイルの不統一があったので、訂正をお願いしましたが、この振り返り作業の間に表3の「大学入学者数(万人)」の「実数」と「1992年度比」に誤記があることに気づきました。出版社にこれから伝えます・・・。本文では言及していないので、とくにそちらでの訂正はありません。

 こちらに2019年度のデータを加えた加筆・訂正の表をアップします。

 さて、『歴史評論』の論考は「歴史学のなかの若手研究者問題」というタイトルで、歴史学における若手研究者問題の積み重なりを可視化させ、そのうえで意識的に提言を盛り込むようにしました。

 ここで取り上げる歴研編『第4次成果と課題』に掲載された「歴史学と若手研究者問題」では、「史学」大学院生の大幅な減少、さらに学会会員数・投稿数の減少傾向をふまえて、大学院に先立つ学部から考えることを試みました。

 この振り返りでは、この論考の執筆にあたって作成もしくは参照したデータを更新した表を掲載します。人文科学の先行別大学院数の推移はすでに以前の振り返りで取り上げましたので、ここでは省略します。*1

 

1 人文科学系・社会科学系および「史学」の大学入学者数の推移

 さて、人文科学系・社会科学系、および「史学」の大学入学者の推移を確認しましょう。

 

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 これをみると、2019年度の大学入学者数は、1992年度のそれを100(54万人)とすると、117(63万人)と17ポイント(9万人)も増加しています。男性が100から94と若干減少しましたが、それを上回って女性が100(17万人)から171(29万人)と71ポイントも上昇しました。

 女性の入学者の増加は、社会科学全体で顕著です。男性が1992年度の100(176,391人)から2019年度の73(129,169人)へと大きく減少したのに対して、女性は同期間に100(42,759人)から169(72,212人)と大きく増加しました。

 人文科学の場合、入学者数全体は横ばいです。もともと女性の入学者の方が多かったので、1992年度の100(58,190人)から2019年度の98(57,278人)へ微減し、男性の入学者が同期間に100(28,623人)から105(30,015人)へとかえって増加しました。

 それでは史学科はどうでしょうか。史学科入学者全体では1992年度の100(7,845人)から2019年度の78(6,138人)へと22ポイントも減少しました。男女とも入学者が減少していますが、同期間に男性が100(4,223人)から82(3,480人)と18ポイントの減少に対して、女性が100(3,622人)から73(2,658人)へ27ポイントも減少しており、いっそう減少幅が大きいです。

 

2 人文科学系学科別大学入学者数の推移

 次に人文科学系の学科別大学入学者数の推移を整理した表を作成したので、そちらを確認しましょう。

 

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 これをみると、人文科学系の学科では「文学」がもっとも減少幅が大きく、また「史学」と同様に、男性よりも女性の減少幅が大きいです。それに対して、「哲学」の入学者数の増加が目立ちます。1992年度に100(6,799人)から2019年度の173(11,730人)へと激増し、とくに性は同期間に100(3,080人)から2019年度に233(7,178人)へと倍以上の増加です。

 そして、これまでの振り返りで検討した大学院の場合と同様に、「その他」がやはり大きく増加しています。1992年度を100(19,992人)とすると2019年度は186(37,195人)まで増加しました。こちらは男性が同期間に75ポイント増加したのに対して、女性が92ポイント増加と若干女性が上回っています。

 大学改革のかけ声のもと、学部・学科の新設・再編が進められましたが、その影響は文部科学省のカテゴリーのうえでは、「文学」と「史学」がもっとも大きな打撃を受けたことになります。ただ「哲学」は大幅に入学者数が増加していますので、評価はもう少し慎重であるべきでしょう。

 

3 国公私立別の「史学」大学入学者数の推移

 それでは、「史学」の入学者数を国公私立別にみるとどのような結果があらわれるでしょうか。そちらについても論考で指摘しました。2019年度のデータを加えて振り返りましょう。

 

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 これをみると、各設置形態別の「史学」のなかで、国立大学法人がもっとも劇的に減少したことがわかります。1992年度を100(356人)とすると2019年度に11(39人)にまで減少しました。文部科学省のカテゴリー上では、国立の場合、もはや「史学」は風前の灯で、『学校基本調査』の統計では実態が分からなくなったといえるでしょう。

 私立大学の場合、全体でみると1992年度100(7,441人)から81(6,002人)へと19ポイント減少しました。男女でみると、男性が15ポイントの減少に対して、女性は25ポイントの減少と女性の方が減少幅が高いです。女性の大学入学者数が全体として増加傾向にあるなか、なぜ「史学」の場合、女性の入学者数が4分の1も減少したのかについて、「史学」に勤める私立大学教員は検証する必要がありそうです。

 これに対して、公立大学法人の場合、興味深いことに、1992年度の100(48人)から202(97人)と倍増しています。その直接の原因は分かりませんが、少なくとも文部科学省の統計上は、人気があがっている結果になっています。しかも男性の場合、88ポイントの増加に対して、女性の場合117ポイントの増加と倍以上になっています。

 まだ推測の段階ですが、大学改革の波のなかで、国立大学で「史学」の看板を掲げる学科が減少し、「史学」の学科で学びたい学生は、学費の面で公立大学を選択し、とくにその傾向は女性にみられるということかもしれません。つまり、「史学」の人気が下がったとは一概にはいえないということです。

 こうみると、国立大学の「史学」の減少は、決して進学希望者のニーズにあったものとはいえないのではないでしょうか。

 

4 国公私立大学の授業料・入学料の推移(1975-2017年度)

 この論考では、大学授業料・入学料が物価上昇とまったく関係なく値上がりし、それが家計負担を増加させていることを指摘しました。この点について、国公私立大学別に授業料と入学料の推移を整理してみました。1975年度から2017年度までの期間になります。

 新型コロナ対応で多くの大学ではキャンパスが通常通りの利用ができなくなり、学生たちから学費半額要求が高まりました。この要求を掲げる学生たちに対して、世代間でも学費に対する意識のギャップ、つまり上の世代からいまの学生に「自助」が足りないとでもいうかのようなバッシングが目につきました。そこで、以下の表には、それぞれの入学年度に18歳だった人の2020年の年齢をつけてみました。

 

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 これをみると、1975年度に入学した人たち、つまり60代前半の世代の授業料・入学料は、国立大学では3万6000円と5万円、私立大学でも18万円強、入学料9万5000円強です。現在の50代前半の世代は、国立の場合25万円強と12万円、私立では47万5000円強と23万5000円強です。1985年度と2015年度と比べても、国立の場合で倍以上、私立でも授業料は40万円近い値上がりです。

 これをみると現在の50代前半以上で大学に通った人たちに、いまの学生の学費半額要求を否定できますか、といいたくなります。

 さきほど述べたように、この授業料の高騰は物価上昇とは関係なく引き上げられてきました。この表を消費者物価指数の推移と対応させたら授業料・入学料がどうなるかを推計してみました。1975年度を100とした場合です。

 

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 そうすると、国立大学の場合、授業料は6万5000円弱、入学料9万円弱、私立大学の場合、授業料は32万8000円弱、入学料は17万2000円弱になります。

 以前の振り返りで、2017年のOECD平均の場合、公財政支出の対GDP比が1%、私費負担のそれが0.4%に対して、日本のそれはちょうど真逆になり、私費負担が大きいと指摘しました。それが日本で大学進学率が伸び悩む原因、とくに地域間格差が縮小しない原因でしょう。

 

5 2013・2016年度人文社会科学系大学教員数・学生数・教員1人当たりの学生数および2013年度本務教員数に対する2030年度1人当たり学生数推計

 この論考を書いていたときには、「2018年問題」、つまり2018年以降、18歳人口の減少を強調し、大学の危機に焦点をあてた論調が強まっていたときです。しかし、ただでさえ、私立大学は1当たり学生数の多さに悩んでいますし、本来の問題は日本の高等教育政策の受益者負担主義、あるいは「自助」依存による大学進学率の伸び悩みにあると思います。

 18歳人口の減少といいますが、それでは実際に、いまから10年後、つまり2030年に本務教員1人当たりの学生数はどうなっているでしょうか。論考では、総務省統計局の人口推計を基に大学進学率が現状のまま伸び悩むと推定して、1人当たり学生数を推計してみました。この推計には留学生は入っていません。

 ここで、文部科学省の『大学教員統計調査』の最新版となる2016年の数値を追加した表を掲載します。

 

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 これをみると、2030年度でも人文科学では本務教員数1人当たりの学生数は14人となり、2016年度から2名の減少、社会科学では35名から30名へと5名の減少に過ぎません。国公私立大学別にみると、国公立で2016年度と比べて1~2名の違いにとどまります。また、私立大学では3~5名の違いになりますが、社会科学をみると、本務教員1人当たりの学生数は依然として37名と十分多く、むしろ負担を軽くする議論が必要です。

 

 まとめ

  ここでは、歴史学のなかの若手研究者問題を学部から考えてみたわけですが、国立大学法人の「史学」の大学入学者数の劇的な減少に驚くと同時に、公立大学での「史学」の入学者数の増加をみると、大学進学希望者のなかで歴史学を学びたいという意欲は決して少なくなっていない、と感じました。

 国立大学法人歴史学関係者は、もっと歴史学を目にとまるようにアピールしてほしいと思います。また、私立大学の人文系学部の歴史学関係者は、女性の入学者数が伸び悩んでいる要因についても考える必要があるでしょう。

 最後に、歴史学というよりも全体にかかわる議論ですが、大学人は受益者負担主義を批判し、また18歳人口の減少による大学危機論に安易に惑わされず、大学教育・研究環境の改善を訴えていくべきだと思います。