浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

ステファン・テマーソン&フランツィスカ・テマーソン「ヨーロッパ」――ナチに略奪された映画作品とその返還について

 2021年9月21日、ドイツ連邦文書館のウェブサイトに、ステファン・テマーソンとフランツィスカ・テマーソンが1931・32年に製作した前衛映画「ヨーロッパ」が、パリでナチによって押収されてから80年後にその相続人に返還された、というニュースが掲載されました。

 

 

 ナチ・ドイツによる美術・芸術品の略奪とその行方は、研究者のみならず、一般にも関心の高いテーマですが、その出来事の一つですね。

 

 概要を紹介します。

 ポーランドの芸術家であるテマーソン夫妻は、1930年にワルシャワで出会って以来、文筆家、画家、出版者、前衛映画製作者としてともに歩んできました。そのなかでも「ヨーロッパ(Europa)」は二人の2作目の映画で、ポーランドで撮影された最初の前衛映画として重要な意義をもちます。この無声映画は、未来派の詩人アナトール・スターンの詩「ヨーロッパ」を解釈したもので、当時の前衛映画のもっとも傑出した作品の一つであるとのことです。

 1938年にパリへ引っ越した二人は、それぞれ二つの映画のコピーを互いに持っていました。第二次世界大戦勃発後、二人とも志願兵としてポーランド軍に加わりました。1940年5月にパリを離れる前に、あわせて5本の映画をパリにいたスタニスワフ・ヴィトキェーヴィチに保管のために手渡しました。ロンドンで亡命生活を送った夫妻は、その後の人生の多くをやはりロンドンで過ごしたそうです。ただし、家族の多くはホロコーストの犠牲になりました。

 戦後、ステファンはヴィトキェーヴィチよりパリに残した映画がすべてドイツによって押収されたことを知り、彼自身、もはや「ヨーロッパ」は失われてしまった、とすでに亡くなったスターンの妻に書き送っています。1988年にフランツィスカもスターンも世を去りました。

 ところが、2019年、姪で法定相続人にあたるイギリスの美術評論家・キュレーター、ジャシア・ライカート(Jasia Reichardt)がベルリンのピレツキ・インスティテュート(Pilecki Institute)より「ヨーロッパ」の一本の複製がドイツ連邦文書館に所蔵されている可能性があると伝えられました。その後の調査で、複製は2本あったこと、そしてその経緯も明らかにされました。細かい説明部分は省略します。

 この2本ともジャシア・ライカートに返還されました。いずれも彼女はイギリス映画協会に寄贈しました。そして、2021年10月に開催された第65回BFIロンドン映画祭で上映されました。

 

 

 なかなかドラマチックですね。これ自体、映画になりそうです。

 

 英語での「ヨーロッパ」の解説はこちら。

 

 

 ステファン・テマーソン&フランツィスカ・テマーソンについては、日本では絵本が知られているようです。このあたりは不案内で。というか、このテーマ全体が不案内ですが。『タテルさん ゆめのいえをたてる』を訳した清水玲奈さんの紹介に行きつきました。関心のある方はどうぞ。