浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

チューリヒ美術館でのビューレ・コレクションの来歴について――武器商人とナチ・ドイツ

 チューリヒ美術館(Kunsthaus Zürich)のエミール・ビューレ(Emil Bührle)の美術収集品についての紹介記事です。

 

 

 武器商人としてのビューレの経歴と美術品コレクションとの関わりを解説するものおです。第一次世界大戦を将校として経験したのち、レーダー義勇兵団に加わり、11月革命を鎮圧する側に立ちました。1924年にスイスの機械製造工場 Oerlikon の事業主となり、武器製造を始めました。そして世界を股にかけて、1929年の世界恐慌の際には、内戦状況にあって、中国に120もの大砲を納入し、のちに日本にも販売したとのことです。そのほかイギリス、フランス、スペイン共和国派にも販売したそうです。

 その結果、彼はスイスで一番の大富豪になりました。第二次世界大戦中、彼はその財力で美術品を買い漁りました。そのなかには、多くのユダヤ系の人びとが売却せざるをえなかった美術品がありました。モネや印象派の作品がこれにあたります。スイスでは彼の事業所で少女が、そしてドイツにあった機関銃製造工場でも強制収容所の収容者が強制労働に就かされました。

 戦後、ビューレの収集品のいくつかは略奪美術品として認定されたとのことです。この記事では、ピカソの経歴と重ねながら、戦後の彼のピカソ・コレクションを説明しています。

 

 同じテーマで Geschichte der Gegenwart(現在の歴史)に掲載された論説へのリンクも貼っておきます。

 

 

【2021年11月24日追記】

 関連する本の書評がローザ・ルクセンブルク財団のウェブサイトに掲載されました。リンクはこちらから。

 

 

【2021年11月26日追記】

 スイスの『レプブリーク(Republik)』紙のオンライン版でも、このテーマについての連載記事が掲載されています。

 

 

【2021年12月8日追記】

 ドイツ語の歴史学ウェブサイト、Geschichte der Gegenwart(現在の歴史)にも以下の論考が掲載されました。音声付きでドイツ語学習にもいいです。