浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

ドイツ連邦文書館の史料・情報取り扱いのための語彙集

 ドイツ連邦文書館が、2022年6月現在の「文書類・情報管理のための語彙集」をオンライン上で公開しています。

 

 

 文書館を訪問するようになった頃、こうした語彙集が欲しいな、と思っていました。

 

1970・80年代ドイツにおける新しい女性運動とナチ加害女性との関係――デジタルドイツ女性アーカイブより

 2022年8月16日、デジタルドイツ女性アーカイブのウェブサイトに、「誰もが知らなかったのか――新しい女性運動とそのナチ加害女性との関係」という趣旨のタイトルで、女性教育センター・デンクトロイメ(Frauen*bildungszentrum DENKtRÄUME)が、このアーカイブの研究プロジェクトの一環として進めているテーマを紹介する記事が掲載されました。

 

 

 冒頭の段落を要約します。

 1980年代半ばに、ハンブルクの女性団体、女性教育センター・デンクトロイメの活動は、突然、中断することになりました。ルート・ケラーマンという、そのときまでゆるやかに同団体と協働し、そこで19世紀女性史の講座を提供していた女性がいましたが、その女性の過去が問われたのです。彼女は、ある女性学習・研究団体(当時Koordinierungsstelle Frauenstudien/ Frauenforschung、現在 Zentrum Gender & Diversity, ZGD)での講演を予定していました。しかし、ハンブルクのロマ・シンティ団体は、彼女がナチ期に「人種衛生研究所(Rassenhygienischen Forschungsstelle)」でロマとシンティの分類を担当していたこと、とくに女性専用用強制収容所であったラーフェンブリュック強制収容所で調査していたことを発見し、彼女の講演を阻止しました。

 ルート・ケラーマンがデンクトロイメでも活動していたことから、この事件への自らの関与を機に、この研究プロジェクトは、女性運動とナチ期の加害女性との関係を考察しようというものです。

 

 デンクトロイメについては、これまでにも取り上げてきました。関心のある方はどうぞ。

 

 

ベルリンの壁の建設――ドイツ連邦文書館のヴァーチャル展示より

 ドイツ連邦文書館ウェブサイトのヴァーチャル展示シリーズについてです。今回は、「1961年8月13日――ベルリンにおける東西国境閉鎖と壁の建設」です。

 

 

 82点の文書・写真史料がデジタル画像で掲載されています。また簡潔な背景説明にくわえて、利用可能な関連する史料群および連邦文書館に併設されている図書館所蔵の書籍リストもついています。

 

 あわせてウェブサイト「ベルリンの壁の年表」(Chronik der Mauer)へのリンクも貼っておきます。

 

 

 「年表」、「境界線」、「逃亡」、「死亡した犠牲者」、「ツアー」、「学習」、「資料」、「FAQ」の項目に整理されており、多くの情報とともにベルリンの壁の歴史が学べると思います。

 

ブリュッセル・ドイツ労働者協会について――フリードリヒ・エーベルト財団歴史ブログより

 2022年8月30日、ドイツ社会民主党系のフリードリヒ・エーベルト財団の歴史ブログに、「共産主義労働者運動のモザイク石――175年前に設立された『ブリュッセル・ドイツ労働者協会』」という記事が掲載されました。

 

 

 冒頭部分を要約します。

 外国に居住していたドイツの人びとが協会に集った都市は、ロンドン、パリ、ブリュッセルのような大都会から、スイスのビール(Biel)のような小さな町まで多様でした。そこでは、1830年代に遍歴するドイツの職人たちが協会文化を確立しました。総じて、それらの場所は政治的亡命の会合場所であり、また19世紀の労働者移民の拠点となりました。

 そこでは、学者、知識人、亡命した活動家が集まり、遍歴中の職人たちと求職中の労働者たちが集いました。たとえば、1846年19月に、2200人弱のドイツ人がブリュッセルにおり、そのうちおよそ半数が手工業者、労働者、日雇い労働者、家事使用人、そして10名の売春婦がいたとのことです。

 これらの西ヨーロッパの各都市は、社会運動と組織化の実験の場に発展していきました。それらは、3月前期、つまり1848年3月革命以前の時期に労働者運動の出発点をつくりました。

 

 この導入部分に続いて、「ブリュッセルでの方針決定」、「ブリュッセルでのネットワーク化および綱領づくり」、「『ブリュッセル・ドイツ労働者協会』――協会生活と意義」、最後に推薦文献リストがついています。

 

 著者のユルゲン・シュミットさんは、2018年に以下の文献を刊行しています。

 

 

アレクサンドラ・コロンタイについて――ローザ・ルクセンブルク財団ウェブサイトより

 2022年は、アレクサンドラ・コロンタイの生誕150周年です。2022年3月30日、ローザ・ルクセンブルク財団のウェブサイトでは、それを機に彼女を紹介する論説が掲載されました。

 

 

 タイトルは「孤独を終わらすためのアレクサンドラ・コロンタイの尽力」といった意味になります。

 冒頭部分を要約します。

 彼女の活気を特徴づけているのは、共産主義的な愛と階級闘争の思想と展望だと言います。資本主義的な孤独という冷たさから逃れるために何が愛であり、愛でありうるかを問う人は、彼女の著述から心のこもった助言を見つけることができるとのことです。

 1872年3月31日にサンクト・ペテルスブルクで生まれ、1952年3月9日にモスクワで亡くなりました。世界最初の女性大使として知られています。

 1881年のアレクサンドル2世の暗殺事件によって3名の若者が処刑された後、彼女はロシア帝国へ批判的になりました。

 1894年に息子が生まれると、社会主義文献に関心をもち、労働者階級の現実の生活にますます関与するようになりました。彼女は上流階級出身でしたが、労働者階級の女性を考慮しない市民層のフェミニストを拒絶し、女性労働者たちに読み書きを教え、社会主義的思想に触れるようにしたと指摘しています。そして、子どもの養育を改善し、女性を家事負担から解放するビジョンを発展させたとのことです。

 

 日本語文献では、杉山秀子『コロンタイ――革命を駆け抜ける』(論創社、2018年)のほか、CiNii Researchで検索すると、色々と論考がありますね。