浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

戦争・洪水・ハッカーからいかに史料を守るか――Deutschlandfunk Kulturより

 2022年7月6日、Deutschlandfunk Kultur(ドイツラジオ文化放送)のウェブサイトに「戦争・洪水・ハッカー――どのように史料を守るか」という記事が掲載されました。

 

 

 リード文では、ウクライナでは戦争によって、ドイツでは洪水と政治的意図をもったハッカー攻撃によって、歴史資料が危機にさらされていると指摘されています。ウクライナの例として、行政施設が攻撃にさらされ、その際に例えば保安省の文書館が破壊され、その所蔵史料が消失したことが挙げられています。そして、史料を救出するため、ドンバス地域からウクライナ西部へと史料の避難が行われているとのことです。そのために、ドイツ連邦文書館もまた史料を移送するための包装材を送っているそうです。

 ドイツでも昨年の洪水によって史料が危機にさらされた経験があり、そうした危機対応能力を創り出さなければならないといい、そのための試みが進められていることが記事から推察できます。

 ドイツ連邦文書館は、8年前から史料のデジタル化を進めていますが、現在、8000万件の史料のデジタル化が済んでいるそうです。しかし、デジタル化は史料の永久保存を約束するものではなく、記録媒体はほんの数年しか維持できず、またハードウェアも数十年もすればデータを読めなくなってしまう恐れがあるとの懸念が記されています。インタビューに答えている史料学のクリスティアンカイテルさんは、いま誰がフロッピーディスクを読み込めるパソコンを持っているのか、と述べています(私は持っていますけれど、そういう問題ではないのでしょうね)。
 デジタル化史料のもう一つの危険として、政治的な意図をもったハッカー攻撃が指摘されています。2010年にブーヘンヴァルト強制収容所跡記念施設では、極右がナチ体制の犠牲になった3万8000人の死亡者名簿のオンライン版を消し去ったそうです。これはデータのコピーがあり、復元できたとのことです。

 最後に、戦争で危険にさらされたウクライナの歴史資料をできるかぎりデジタル化によって保存し、またサーバーがロケット弾によって物理的に破壊されても保持できるように、国際的なネットワーク SUCHO(Saving Ukrainian Cultural Heritage Online)が国外のサーバーで複製を保存しているとのことです。

 自然災害から史料をいかに守るか、というテーマは、日本でも議論が積み重ねられてきましたが、さらに論点が加わった感じがあります。

 

【2023年1月27日追記】

 2022年12月25日、Deutschlandfunk Kulturで、「ウクライナ文化財保護」ネットワークでのドイツ連邦文書館の活動を紹介するインタビューがポッドキャストで放送されました。いまでもダウンロードできます。

 

ヴェルサイユ講和条約についてのドイツ連邦文書館ヴァーチャル展示

 今日はドイツ連邦文書館ヴァーチャル展示「ヴェルサイユ条約100年」へのリンクを貼っておきます。公開年月日の記載が見当たりませんが、おそらくタイトルから推測すれば、2019年と思われます。違ったら、それはそれで面白いですが。

 

 

 24点の史料・写真がキャプションとともにアップされています。ヴェルサイユ講和条約締結時のドイツ代表団の写真、ヴェルサイユ講和条約案がドイツ代表団に手交された1919年5月7日の新聞記事、条約調印に反対する国内の声、ドイツ側の対案が手交された5月29日についての電報、あるいはハンブルク輸出協会のように「植民地の強奪」に対する抗議の声など、ヴェルサイユ講和条約に対するドイツ国内の声を紹介するものです。

 比較的詳しい背景説明に加えて、ドイツ連邦文書館が所蔵する関連史料へのリンクが貼られています。

 

European Network Remembrance and Solidarity (ENRS) について

 2022年8月21日-27日までポーランドで開催された第23回国際歴史学会議ポズナン大会に参加してきました。26日にリサーチ・フォーラムという一日かけた研究プロジェクト紹介の回がありまして、そこで、European Network Remembrance and Solidarity (ENRS、想起と連帯のヨーロッパ・ネットワーク) の活動を聴く機会がありました。同組織のホームページのリンクを貼っておきます。

 

 

 中東欧・北欧地域を中心に、ヨーロッパの歴史的過去の記憶をめぐって共通認識・理解を深めるための国際的な研究・教育的取り組みを促進する組織です。数多くの取り組みと成果出版がホームページからうかがえます。

 

ホロコーストと記憶へのアフリカ的パースペクティブ――Geschichte der Gegenwartより

 2022年7月31日、「ホロコーストと記憶へのアフリカ的パースペクティブ」と題した論説が、「現在の歴史(Geschichte der Gegenwart)」のウェブサイトに掲載されました。

 

 

 このテーマは、ディルク・モーゼスさんやマイケル・ロスバーグさんの論考もあり、ドイツ語圏で大きな議論の対象になってきました。

 

 見出しを紹介しておくと、「北アフリカの忘れられたユダヤ教徒」、「ヒトラーに敵対した植民地兵士」、「ある普遍的な兆候か」、「アフリカのジェノサイド」、「出会いのユートピア」、「南アフリカ――ラディカルな自己獲得」、「隣り合って」です。

 ヨーロッパのホロコーストとアフリカを多面的につないだ論考で、とても興味深いです。

 

 著者のシャルロッテ・ヴィーデマンさんは、2022年5月に『他者の痛みを理解する――ホロコーストと世界記憶』というタイトルの本を出版したジャーナリストです。本へのリンクを貼っておきます。

 

 

 話題になった本のようで、ハインリヒ・ベル財団が主催した討論会の録画映像がYouTubeで閲覧できます。

 

 

植民地的過去-ポスト植民地的未来?――ドイツ=ナミビア関係論集と討論会

 2022年、つまり今年ですが、『植民地的過去-ポスト植民地的未来?――ドイツ=ナミビア関係を新たに考える』と題した論集が、ブランデス&アプゼル出版社より刊行されました。

 

 

 2022年8月29日、ハインリヒ・ベル財団がこの論集をめぐる討論会を開催しました。その記録映像がYouTubeで閲覧できます。

 

 

 このイベントの告知はこちらからどうぞ。

 

 

 出版社ホームページに掲載されている論集の紹介文を要約します。

 

 2021年5月中旬に、ドイツとナミビアの特別に委託された委員によって、9回におよんだ2015年以来の交渉の結果として、「和解協定」が調印された。これまで旧植民地支配の唯一の歩みとして、この協定は、政治的にも道徳的にも西南アフリカで行使された民族虐殺を認めるである。それ以降、合意された「承認のジェスチャー」は両国で論争となっている。本論集は様々な見方を紹介し、ドイツの政治・市民社会・文化の各界から、そしてナミビアの当事者からの発言を収録している。これによって、ドイツ=ナミビアの絡み合った関係を事例に、しかしまた歴史における大規模な暴力と大量虐殺の記憶と向きあうなかで、植民地的遺産に取り組む幅広い意見と試みを記録するものである。