浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

ドイツ連邦共和国の「赤狩り」から50年――taz紙より

 2021年12月26日、およそ50年前にドイツ連邦共和国で制定された「過激派取締令 (Radikalenerlass)」を振り返る記事が taz 紙に掲載されました。

 

 

 1972年1月28日、ヴィリー・ブラントを首相とする内閣は、公式には極左・極右の反体制的な人物を公職から追放する目的で、事実上、共産党および共産党関連青年組織を標的とした「過激派取締令」を決議しました。その結果、350万人が調査され、1万1000人が公職禁止、2200人が懲戒処分、1256人が応募拒否、265人が解雇されたと推計されているとのことです。

 冷戦の風潮を色濃く反映し、多くの若者のキャリアを台無しにしたこの政策について、ブラントは後年、大きな誤りであったと認めたと指摘されています。

 

 本記事にも発言が紹介されている、アレクサンドラ・イェーガーさんの文献を上げておきます。

 

 

【2022年1月27日追記】

 関連する論説がローザ・ルクセンブルク財団のウェブサイトに掲載されています。

 

 

 また、2015年にハノーファーで開催された展示会の冊子がPDFでダウンロードできます。

 

 

【2022年2月6日追記】

 ほかにも関連する論説がローザ・ルクセンブルク財団にウェブサイトに続々と掲載されています。

 まず、2022年1月12日に掲載された、職を追われた当事者の視点による論説です。

 

 

 次に、新左翼系の社会心理学者ペーター・ブリュックナーが大学から排除された事例を扱った論説です。

 

 

 もう一つ、ドイツ民主共和国での政治的な就労禁止の事例について考察した論説です。

 

 

 最後に、『フォアヴェルツ(前進)』のオンライン記事です。「過激派決議から50年――ヴィリー・ブラントが誤ったとき」というタイトルです。

 

 

【2022年2月21日追記】

 ハンブルクで職を追われたある女性教師の経験に焦点を合わせた論説もありました。

 

 

【2022年6月16日追記】

 ハンブルク州教育科学労働組合のホームページで関連するインタビュー記事のPDF版が掲載されています。

 

 

※Radikalenerlassの訳ですが、どこかで「取締法」とあったのを参考にした気がしますが、Erlassなので「令」に改めました(2022年6月16日)。