浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(8)――「西洋史若手研究者問題アンケート調査最終報告会」(2015年)の振り返り

 

はじめに

 いよいよ、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループによるウェブアンケートの取り組みを締めくくる最終報告会を振り返るときが来ました。
 この最終報告会は2015年5月17日(日)に富山大学で開催されました。この日は西洋史学会2日目にあたります。そこで現代史部会2の会場と同じ教室を使用することが認められました。このとき西洋史学会もこの有志で行ってきたこのワーキンググループの活動に協力してくれました。これは画期的なことでした。
 会場は五福キャンパス共通教育棟B棟B21番教室でした。報告会は13時から14時20分と16時45分からの2回に分けて行いました。内容は同じです。
 最初に20分ほど、同ワーキンググループのメンバーの一人、崎山直樹さんが最終報告書の概要と提言、そして今後の展望について話しました。

 最終報告書については、同ワーキンググループ・ウェブサイトのトップページから閲覧できます。

 この最終報告書の第6章「本アンケートの総括と提言」(99~110頁)が概要と提言部分になります。今後の展望については、すでに並行して進められていた日本歴史学協会若手研究者問題検討委員会の活動を紹介したものです。日歴協の活動については、次回以降、振り返ります。

 最終報告書については、古城真由美さんが紹介してくれていますので、そちらもぜひご参照ください。

  • 古城真由美「西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループ『西洋史若手研究者問題アンケート調査 : 最終報告』(2015年5月)」『西洋史学論集』第53号、2016年、59-62頁。

 

1 西洋史若手研究者問題ワーキンググループの提言

 最終報告書はかなりの分量ですので、ワーキンググループがどんな提言をしていたかについて覚えている人は少ないのではないかと思います。せっかくの振り返りですので、以下に列挙しておきましょう。

1)さらなる正確な現状の把握にむけて

 アンケートを分析して強く感じたことは、結局、歴史学系と自認している研究者の母数が分からないので、アンケート結果の評価が難しいということでした。歴史系の学会には、人文系の学部学科だけではなく、法学・経済学・農学など史学以外の大学院に所属する大学院生や研究者がいます。その実数、いや概数すら把握が難しいのです。

 アンケート分析の結果を評価するには、歴史系の研究者の基礎データ(歴史系の学会に所属する立場別の人数・性別、常勤教員の職位・性別)を把握する必要があります。そのために、有志ではなく、歴史学関係の諸学会が連携して、基礎的なデータを把握するように取り組むことを提言しました。さらに、歴史系の学会に所属する大学教員に、指導する大学院生、あるいは責任をもって受け入れている研究員の立場・人数・性別などの基礎的なデータを提供するように協力してもらう体制を作っておくことを指摘しました。

 これはとても面倒な作業です。最大の問題は、歴史系には数多くの学会が存在しており、歴史学全体を代表し、歴史研究者であれば誰もが会員となっているというような、一つにまとまった団体がないことです。それはそれで、よい面もあるのですが、歴史学における若手研究者問題について取り組む際には頭を抱える問題となるのです。

2)経済的な問題について

 まず、若手研究者に対する学会の様々な形の支援のあり方を提言しています。年会費・参加費の割引、大会の遠隔地開催の場合の交通費補助やウェブ中継などの取り組みの強化などです。

 そのうえで、学会も大学院生に対する経済支援のあり方について社会的な議論を喚起すべきことを訴えています。親の経済的支援は当然なのか、あるいは多額の奨学金返済を前提してよいのか、と問いかけています。

 非常勤講師問題については、首都圏非常勤講師組合が2010年にすでに要求しているように、週担当コマ数5コマを基本として、1コマ5万円を達成できるように、歴史系の諸学会も積極的に提言すべきことを訴えています。

3)研究環境について

 研究時間の確保と研究資源へのアクセスについて提言しています。

 研究時間の確保については、外部資金を獲得した研究者に対して、期間中の教育および校務を分担する非常勤講師を雇用するシステムを紹介しています。

 研究資源へのアクセスについては、西洋史系はとくに電子ジャーナルへのアクセスが必須であって、博士課程修了後も研究資源へのアクセスが自宅から可能になるように、歴史系の諸学会が関連機関と具体的な方策を検討するように要求しています。

4)ハラスメントへの対策と防止策について

 歴史学系の学会が連携すること、窓口を設置し、「個人名を秘匿し、通報者の利益を保護したうえで、再発防止を促すような制度」の設計を提言しています。

 とくに、「研究室・研究科の雰囲気」に不満を感じる割合が比較的高い修士課程の大学院生に対するケア、そして女性の大学院生に不満が大きい点に留意し、改善するように訴えています。

5)若手研究者の家族形成の難しさについて

 アンケートに回答したほとんどの立場で家族形成が困難である状況があらわになっており、学会の託児サービスはもちろん、常勤教員だけではなく、学生・非常勤講師も利用できる大学の託児サービスの拡充を提言しています。

 また、研究職を志望する若手研究者に向けてロールモデルを提示することの重要性を訴えています。

6)日本歴史学協会による史学全体に対するアンケート調査と史学系研究者への協力のお願い

 最初の提言に関わることですが、やはり学会が歴史学全体についてのアンケート調査を実施し、実態を把握する必要があることを確認しています。

 そこで、日本歴史学協会が予定しているウェブ・アンケート調査への協力を呼びかけています。このウェブアンケートは、2015年9月から2016年3月まで行われたもので、この取り組みについては次回、振り返ります。

 これらの提言を作成する際に、グループ・メンバーは、なるべく具体的な提言を盛り込むことを意識しました。実際、こうして振り返ると、いまの日本歴史学協会の取り組みに直接につながっていることがわかります。

 

2 討論

 当日の討論の様子も、togetterでまとめられています。以下のリンク先から閲覧できます。2020年8月8日現在、閲覧数は8986回です。

 togetterにまとめられているメンバーのツイートを引用します。

  •  今まで自分の周囲の状況を見る中で漠然と抱いていた不安や印象が、具体的な数値として出てきた。
  •  10年前にこの学会に来ていた人が、今何人来ているのか。席をならべながら一緒に研究してきた人がいなくなったとき、どうすればよいのか。大学に所属し、学会に参加する人だけが研究者なのか。今日ここに来れなかった人たちを含めて考えていきたいし、そうした人にこそ、言葉を届けたい。
  • 学部や学科の再編成による「史学」の崩壊。ヨーロッパ史のことを研究したいのだけど、それを専門とする先生が大学内に誰もいない。(中略)学問、学部教育を含めた枠組みでの問題提起も、おこなっていくべきではないのか。
  • 歴史研究者として、目前の「貧困」「生存」の問題を見据えることができないという状況は、これまで歴史学がやってきたことと矛盾するのではないのか。
  • いかに対立構図をつくらずにやっていくかも大事。単純に「居心地のいい場所」をつくり、確保するための活動として。
  • 「いづらさ」の問題。大学院生の満足度について調査した際、明らかに女性の方が低かった。個人的な経験としても、進学するごとに周りに女性が減ってきたし、ゼミの議論でも思考や発言の仕方がマスキュリンで、入り込めないという部分が多々ある。
  • 貧困問題、正規雇用と非正規雇用の格差問題、女性が抱える問題やジェンダーにかかわる問題は、若手研究者に限らず、日本社会全体で非正規雇用労働者や女性が幅広く直面している問題なので、社会全体に幅広く訴えて社会全体での取り組みを求めるべき。
  • 資料に対するアクセスの問題など研究者に特有といえる問題については、一定のポジションを得ている研究者ができる範囲で取り組んだり、あるいは学会などの組織が全体として取り組んだりして、研究者コミュニティの取り組みで解決していくべき課題。

 そのほか、メンバーの藤田祐さんの補足発言で、「若手対ベテラン」、「非常勤講師対大学専任教員」のような構図にしないこと、「研究者コミュニティを分断せずに」コミュニティ全体で研究環境の改善を考えるべきこと、博士号取得者が大学教員以外のキャリアパスで研究しやすくする方法を考えるべきことが挙げられています。

 また、後半の部では、ポジティブな取り組みについての情報共有の大切さが指摘されました。

 

所感

 このワーキンググループが活動し始めた2011年から4年経ち、この最終報告会に至ってかなり具体的な議論に行きついた感があります。おかげで討論部分の発言が要約・抜粋できず、引用だらけになってしまいました。

 このときのワーキンググループのメンバーは、まだ任期なしの大学教員のポストに就いていない人も多く、本当に有志によってここまでの取り組みができたことは、振り返ってみてもやはりすごいことだと思います。

 2013年から日本歴史学協会での活動が始まりましたが、そちらで最初に取り組んだことは、日歴協の委員との問題意識・論点の共有でした。2020年度の歴研大会特設部会でも、このときの論点の共有からスタートしそうですが、なるべくその時間は短く抑えて、一歩でも先に進みたいです。そのためにここで振り返っているのですから。

 さて繰り返しになりますが、次回から日本歴史学協会での活動を振り返ります。