浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

2020年度歴研大会特設部会準備ノート(9)――日本歴史学協会若手研究者問題検討委員会の発足まで

 

はじめに

 2020年12月6日に予定されている歴史学研究会大会特設部会「『生きづらさ』の歴史を問うII――若手研究者問題について考える」で、日本歴史学協会若手研究者問題特別委員会についての報告を依頼されました。その依頼を受けた際に、この委員会の設立の経緯を説明してほしい、との要望がありました。

 その経緯については、2017年3月4日(土)に開催された日本歴史学協会シンポジウム「歴史学の担い手をいかに育て支えるか」で、すでに簡単に説明しました。当日のレジュメについては、こちらからどうぞ。

 2020年12月の特設部会でも、2017年3月シンポジウムの報告以上に、その設立の経緯についてほとんど時間を割く余裕はなさそうです。報告時間は10~15分程度ですので、ここであらかじめ説明しておき、当日の補足とします。

 

1 なぜ日本歴史学協会に若手研究者問題検討委員会の設置を提案したのか

 日本歴史学協会に若手研究者問題検討委員会が設置された直接のきっかけは、2013年5月17日付の西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループの提案です。

 西洋史若手研究者問題検討ワーキングループは、2012年10月から12月にかけてウェブアンケートを実施し、2013年に京都で開催される西洋史学会の時機に合わせて、中間報告書をまとめて、インターネット上で公開しました。*1

 そして、さまざまな団体と共同しながら、中間報告書をめぐって議論を積み重ねてきました。そのなかで、ワーキンググループは、歴史学系の若手研究者問題を議論するためには、学会が活動の主体になるべき、という方針でおおよそ合意しました。

 もともと西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループのウェブアンケートは日本社会学会の取り組みをモデルにしたものでした。

 やはり学会が主体になってこの問題に取り組まないと、アンケート分析の評価が定まらない感覚がありました。そこで学会に働きかけよう、ということになったのですが、歴史学の場合、どの学会に働きかけるとよいのでしょうか。

 歴史学関係の全国的な学会はいくつもあり、複数の学会に所属するのが普通だと思います。西洋史の場合、西洋史学会がありますが、これは特殊な学会形態でして、通常の学会とは違います。日本史研究会はもちろん日本史以外の研究者はほとんど加入しませんし、歴史学研究会は好みによります。史学会は東大中心ですし。

 要は、歴史学の場合、歴史学に関係する人を網羅する学会が存在しないのです。

 歴史学研究会や日本史研究会のように、中核的な学会が複数あることは、決して悪いことではないのですが、政治的な呼びかけという面では、不利な点があると思います。

 たとえば文書館員を専門的に育成する教育課程とその就職先を制度化するために、何かしらの政治的な働きかけを行おうとします。しかし、学会としての一つの声を政治に要求する体制がないので、声明を発する程度にとどまってしまうのです。

 本来、そうした問題を解決するために、日本歴史学協会は、歴史学系の各学会・研究機関の相互の連絡をはかるための組織として創設されました。

 創設は1950年という歴史ある団体なのですが、基本的に個人が学会員になるものではなく、とくに若い世代には存在があまり知られてこなかったといえるでしょう。科研費の配分に関わらなくなってから、歴史学界におけるその存在が薄れてしまったといわれます。

 それでも、その存在意義からすれば、歴史学系の若手研究者問題を扱う一番ふさわしい組織が、日本歴史学協会だと思います。若手研究者問題を通じて、逆に日本歴史学協会の存在が広く周知されることを期待しましたし、日本歴史学協会側もそれを期待するのではないかと考えたのです。

 2003年~2005年にかけて歴史学研究会の委員、2004年度は会務幹事を務めましたが、そのときにこの日本歴史学協会について知りました。ちょうど日本学術会議の制度改革があった時期です。これは大きな問題だと思い、2005年度の歴史学研究会大会で、急きょ「日本歴史学の未来――日本学術会議の再編から」という特設部会を企画しました。そのときの主旨文が歴史学研究会のホームページでいまでも閲覧できます。逆にいえば、そうした機会がなければ、わたしもこの団体の存在を知ったかどうか怪しいものです。

 

2 提案の内容

 西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループが日本歴史学協会に若手研究者問題検討委員会の設置を提案した日付は2013年5月17日です。この提案書は、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループのウェブアンケート最終報告書に、資料として掲載されています(164-165頁)。有志主体のワーキンググループがどのようなことを考え、学会に提言していたのかについて、記録として残しておきたかったのです。それでは、その提言の要点について以下に引用しておきます。

 

(1)提案の理由

  • 若手研究者の困難と次世代の後継者不足への懸念

歴史学を専攻し、専門的な知識と技能を持った若手研究者のなかで、そのかなりの割合が博士課程修了・満期退学もしくは研究機関研究員の任期終了後に、研究を継続することがきわめて厳しい状況に置かれていること・・・・・・人文社会科学のなかでも、史学はとくに困難な状況に立たされています(参考資料1)。このことは、歴史学における「若手研究者問題」が現在の喫緊の課題であるだけではなく、次世代の担い手が歴史研究者を志すことを避ける傾向を生み出し、ひいては後継者問題に発展しかねない状況であると考えます。

  ここでの参考資料1とは、舞田敏彦ブログ「専攻別にみた博士課程修了生の惨状(補正)」(2012年9月4日)です。

  •  日本歴史学協会が若手研究者問題に取り組むべき理由

貴会は、その発足の歴史的経緯から、日本の歴史学協会間の「相互の連絡」を促進することを目的に掲げており・・・・・・様々な専門分野を越えて、歴史学界全体として、この現状を改善するための方策を検討し、加盟学会と連携しながら、具体的な提言を行うに最もふさわしい団体と言えます。そのために、貴会に下部組織として、この若手研究者問題を具体的に扱う特別委員会を設置することはきわめて有益・・・・・・すでに、他分野では、例えば日本社会学会では、2007年11月に若手研究者問題検討特別委員会が設置され、アンケートによる実態調査が行われています。また、日本地球惑星科学連合でも、2009年にキャリア支援委員会が設置され、同様の取り組みが行われています。

有志によって結成された、わたくしたち西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループも、2012年10月から12月にかけて、ウェッブ・アンケートを実施し、191名の有効回答数を得ることができました。・・・・・・2013年5月12日に京都大学で開催されたアンケート調査中間報告会の議事録(参考資料2)はウェッブ上での公開後3日足らずで5900を超える閲覧数を数え・・・・・・この問題に対する関心がきわめて高いことがうかがえるでしょう。

  2020年8月17日現在、この京都大学での中間報告会togetterまとめの閲覧回数は17,830回まで増えています。すごいですね。

 

(2)設置形態、財源、活動内容に関する提案

  • 委員の選出・構成

各分野に配慮したうえで、貴会の常任委員に加えて、高等教育を専門とされる教育学者あるいは社会学者や若手も含む適切な研究者に委嘱する。合わせて10数名の規模とする。特別委員会の構成は、委員長・書記・会計各1名のほか、適宜、役割を分担する。交通費のほか、常勤職にない委員については、できるかぎりその業務負担に応じた報酬もしくは謝金を支払うこととする。

 これは理想でしたが、現実には難しかったですね。提案する側も、提案を受けた日歴協常任委員側もこれを実現するためのエネルギーが不足していたと思います。それ以上に、あとで説明しますが、まずこの問題について、西洋史若手研究者問題ワーキンググループのメンバーと常任委員の間の認識をすり合わせることに時間がかかりました。

 常勤職にない遠隔地の委嘱委員についての交通費は実現できました。また、社会学を専攻する常勤職にない委嘱委員も一名協力してもらいました。あまりに遅くなりましたが、ようやく活動に一区切りがつき、謝金の支払いもできました。

  •  財源

日本歴史学協会若手研究者支援基金を設置し、寄付金を募る。本基金は、特別委員会の業務活動(交通費・印刷費・業務負担に対する報酬等)、実態調査、さらに若手研究者のキャリア形成につながる貴会の学術活動(シンポジウムでのパネルセッション・国内外の学術交流等)を支援することを目的とする。

日本学術振興会の科学研究費補助金あるいは文部科学省などにプロジェクト研究申請を行い、実態調査のための財源を確保する。

  日歴協若手研究者問題検討委員会の最初の活動は、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループと同様に、ウェブアンケートになりました。その際に、寄付金を募りました。このときには、色々と広く用途を提案していたことになります。

 ちなみに、科研費も応募しましたが、採択されませんでした。まあ厳しいですね。

  • 活動の内容

①加盟学協会に対して、若手研究者問題を検討する担当委員もしくは特別委員会の設置を依頼もしくは提案し、相互の意見交換・交流を図る。
②加盟学協会および大学等に協力を要請し、3~5年おきにアンケート等による実態調査を行い、その結果を報告書にまとめ、提言を作成・公開する。分析にあたっては、教育学・社会学など適切な専門家に協力を仰ぐこととする。
③相談窓口を設置し、若手歴史研究者問題にかかわる意見等を広く募る。もし、アカハラパワハラ・セクハラなどの相談があった場合には、個人名・学会名を秘匿したうえで、全加盟学協会に連絡し、再発防止を促す。
④委員会での提言を、日本歴史学協会常任委員会に報告する。また了承を得た提言は、その内容に即して、日本学術振興会日本学術会議、同若手アカデミー委員会、文部科学省歴史学関係の学協会、史学関連の大学院研究科専攻、大学図書館などに周知する。

 ①は、歴史学研究会から委員に加わってもらいました。②に関しては、結構大変ですね。制度化するまでにまだまだ時間がかかりそうです。③についての第一歩が、2020年7月15日に公表された「歴史学関係学会ハラスメント防止宣言」です。引き続き賛同学会を募集しているので、関係する学会・研究会へのお声がけにご協力いただければ幸いです。一年後、この問題に対して、どの学会・研究会が賛同して、どこが距離をとっているのかが分かると思います。

 最後の④ですが、まだそこまで関係構築はできていないですね。今後の課題になるでしょう。

 

3 日本歴史学協会若手研究者問題検討委員会の発足

 さて、2013年5月17日付の提案書をうけ、6月22日に開催された日本歴史学協会第6回常任委員会で、この問題についての検討委員会の設置に向けたワーキンググループの設立が了承されました。

 5名の常任委員がこのワーキンググループに加わりました。そのうち4名が現在の特別委員会でも委員になっています。その後、西洋史有志のワーキンググループと日歴協のワーキンググループの間で、何度も意見交換が行われました。

 こうして振り返ると、西洋史若手研究者問題ワーキンググループはウェブアンケートの最終報告書を作成しながら、日歴協のワーキンググループと検討委員会の設置に向けて意見交換をしていたことになります。大変でしたね。

 当時のメールのやりとりを保存していますが、設立すべき検討委員会の人員構成・目標・期間について、議論が交わされています。当時のメモの一部です(7月27日午前に開催された会合の議事抜粋)。こんな議論が交わされました。

  • 単に若手研究者問題に限定するのか?
  • 大学における歴史学の教員ポスト削減の要因なども視野に入れて検討するのか?
  • 委員会の設置期限について。期限(2年間)を定めて行うのか?それとも恒常的な組織にするのか?
  • 他の委員会との位置づけについて。常設委員会とは分けて、「張出横綱」的な位置づけの方が良いのではないか?
  • 委員会の名称は「若手研究者」に限定したほうが良いのか?それとももう少し射程の長い名称にしたほうが良いのか?委員会の目標次第では、検討する必要がある。
  • アンケート調査をどのように実施するのか?
  • アンケート分析は誰が行うのか?それ自体が若手の負担にならないのか?

 その後、2013年10月19日、2014年1月11日と会合が開かれました。この間に委嘱する委員の案が決まりました。そして、ようやくといいますか、2014年3月15日の会合から、日本歴史学協会若手研究者問題検討委員会の活動が始まりました。

 

所感

 日本歴史学協会の組織体系をある程度理解した今、1年もかからずに委員会の設置に至ったことは素早い対応と評価すべきでしょう。ただ、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループの活動からかかわっている身からすれば、また当時、当事者の世代の一人として意識していた身からすれば、1年をあらそう問題としての意識が強く、その動きの遅さに焦っていたことを覚えています。

 すでにこのときに、日歴協でも最初の活動の中心にウェブアンケートを位置づけていました。もし西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループが行ったことを同じように繰り返すとすると、アンケート実施に向けた準備・実施・分析・提言、そしてそれらを踏まえて活動ということになります。そのようなスケジュールになったら、あまりにも時間がかかりすぎてたまらないという気持ちでした。

*1:これまでの準備ノート(4)~(8)を参照ください。