はじめに
2020年度歴史学研究会大会特設部会に向けて、主旨文で参照してもらいました拙稿を振り返ります。*1
このときにどんな資料を使ったのかを確認し、今後、特設部会に向けて必要な準備を進めたいと考えています。また、2020年時点で振り返ることで、色々と気づくことがあるかも、と期待しています。
ちなみに、『歴史学のアクチュアリティ』の詳細については東京大学出版会ウェブサイトのこちらをご覧ください。
1 執筆時の意図
2013年に出版された『歴史学のアクチュアリティ』は、その前年、2012年12月15日に明治大学リバティタワー1011教室で開催された、歴史学研究会創立80周年記念シンポジウム「歴史学のアクチュアリティ」をもとに編まれたものです。
このシンポジウムでコメンテーターとして登壇したのですが、そのときに意識していたことは、この創立80周年シンポジウムで歴史学のなかで「若手研究者問題」について発言し、記録させることでした。
シンポジウム後、ありがたいことにシンポジウムを書籍化する際に、コメンテータ―にも原稿を依頼されましたので、願望は叶うことになりました。
ちなみに、シンポジウムの後に、研究で長い付き合いのある方から、
浅田さん、任期つきでなくなってから発言できたでしょ
と言われたことを覚えています。
本当にそうです。
誹謗中傷は論外ですが、この問題は当事者が匿名で語る場を提供していかないといけない、と強く思っています。
2 視点と方法論
この小論で訴えたかったのは、第一に、「歴史学」という学問が成り立つには、学問的に歴史を執筆する歴史家だけではなく、その学問を支えるさまざまな立場の人たちによる主体的な行為が必要であるということでした。
研究会・学会活動にたずさわってきて、日常的に直接的にも間接的にも、多くの人たちが歴史学を成り立たせるために、色々な思いを抱えながら関わっていることを体感してきました。
常勤の大学教員はあくまでその一部で、大学院生、ポストドクター、非常勤講師、高専・高校・小中学校教員、学芸員、文書館員、図書館員、大学事務・学会事務スタッフ、出版関係者、自治体関係者など、さまざまな立場の人たちが一つの学問が制度的に成り立つために関わっていることを可視化したい、という思いがありました。
それは歴史学という学問がたんに研究者の頭脳と机の上で生産されるのではなく、その人を取り巻く日常的な現実から影響を受けているということを意味します。
この点は、小論を書くにあたって意識した二点目に関わります。
1990年代後半から2000年代初頭の日本の歴史学では、「言語論的転回」とどう向き合うかが歴史学方法論の大きな課題だったと思います。言説分析に主軸をおいた論文が多くなりました。言語論的転回をめぐる論争は、歴史学にとっても重要で、踏まえておくべき事柄だと考えています。
しかし、言説分析に終始するのでは、歴史学が直面する「若手研究者問題」には接近できないし、その研究者を取り巻く現実に向き合えないと考えました。歴史学の方法論的な論考を色々と読んできましたが、言語論的転回への批判のなかで、主体が関係しあう物質性、主体と物質性との相互作用に力点を置く研究の流れが出てきているのではないかと感じていました。
そこで小論では、本文では「若手研究者問題」について語り、注記では1990年代末・2000年代の歴史学方法論の展開を追う史学史としても読めるような二重構造をめざしました。
ですから、注記には、当時、大学院生であったころに歴史学系の学会誌で特集が組まれていた議論がちりばめられています。言及したのは、n地域論、日常史、バトラー(ジェンダー)、感情史、「創られた伝統」、国民国家論、グローバリゼーション批判、スピヴァク(ポストコロニアル批評)、新自由主義批判、トランスナショナル史、グローバル史です。
執筆時に念頭にあって、字数の関係上、省いたのは、ハナ・アーレントの『人間の条件』です。
世界の客観性――その客観的性格あるいは物的性格――と人間の条件は相互に補完し合っている。つまり、人間存在は条件づけられた存在であるがゆえに、それは物なしでは不可能であり、他方、もし物が人間存在を条件づけるものでないとしたら、物は関係のないがらくたの山、非・世界(ノン・ワールド)であろう。*2
それよりも史学史になるような論考にしたかったので、ドイツの日常史家アルフ・リュトケさんが1997年に編んだ『歴史研究のなかでマルクス主義的視角の何が残るのか』を紹介することを優先しました。ずっと気になっており、どこかで紹介したく、この機にあらためて同論集に収録された彼の論考を読み直し、小論に組み込んだのです*3
3 否定したかったこと
この小論でもう一点、意識していたことは、2003年3月に公表された日本学術会議第1部・第2部・第3部共同報告書「21世紀における人文・社会科学の役割とその重要性」を批判することでした。ページ番号が付されていないその報告書の9枚目以降に以下のような文言があります。
......今日、産業・技術が直面し解決を迫られている問題の多くが、むしろ人文・社会諸領域の取り組むべき課題......人文・社会科学の主体性の裏付けがまだ不十分......現実が提起する課題に即した領域の機動的な組み替えに消極的......
歴史学がとても幅広く、厚みのある社会的基盤によって成り立ってきたことを想像すると、ここで語られている「現実」に即した「領域の機動的な組み替え」は、歴史学がよってたつ土台を掘り崩すことになると考えたのです。
このことは、歴史学にとどまらず、多くの人文・社会科学系、あるいは自然科学系の学問にも当てはまるのではないでしょうか。
4 紹介したかったこと、議論に組み入れたかったこと
すでに、2010年に『歴史学研究』第876号に掲載された論考、崎山直樹「崩壊する大学と若手研究者問題」にも紹介されましたが、他学会の動向に言及することも意識しました。日本社会学会若手研究者問題検討特別委員会のアンケート実態調査(2007年)や日本地球惑星科学連合でのワーキンググループの活動および実態調査(2008年・2009年)を紹介しました。
ここで歴史関係学会に対して、実態調査を要求することを活字の形で記録しておこうと考えたわけです。
そのうえで、メンバーでもある西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループのアンケート調査活動を紹介しました(2012年以降)。
もう一つ、この小論を準備するために、色々と資料を集めるなかで、竹添敦子『控室の日々――詩集』(海風社、1991年)に出会いました。
衝撃でした。
大学非常勤講師としての女性研究者の経験を詠んだ詩集です。通勤の合間に読んでしまい、涙が止まらず変な人になりました。詩の力を感じました。
もう一つ、この問題について前向きな方向で、強いメッセージが欲しいと思っていました。小論が一つの記録となることも意識していたので、当時話題になった、湯浅誠『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』(岩波書店、2008年)も議論に組み込んでおきました。
5 作業
小論を執筆するにあたって、やはり歴史研究者として、一定の量の資料を分析した成果を出したいと考えていました。まったく教育史も科学史も大学史も専門ではありませんが、自ら課したのが、以下の二つの資料に取り組むことでした。
第一に、日本科学者会議が発行する『日本の科学者』のバックナンバーを調べることでした。1970年代から2012年発表時点までの若手研究者問題関連の論説を収集し、分析しました。所属する大学図書館には残念ながら『日本の科学者』が収蔵されていませんでしたので、勤務先の近くで別の大学図書館に集中的に通いました。
この作業を通じて、日本科学者会議編『オーバードクター問題――学術体制への警告』(青木書店、1983年)を知りました。大部の包括的な報告書です。歴史学関係では、「VI 人文・社会科学分野におけるオーバードクター問題」の「4 史学」(小沢弘明)と「補論 人文系オーバードクター第1号のひとりとして」(佐々木潤之介)が掲載されています。しかし、執筆者の力量に委ね、学会として取り組んだものではないことがわかります。
第二に、首都圏非常勤講師組合が発行する『控室』のバックナンバーを分析することでした。この『控室』の題名は、さきほど紹介した竹添敦子さんの詩集から採られています。
上記のリンク先に掲載されている、『控室』第47号(2003年6月)に「辞令」、第49号(2003年11月)に「十一月」、第53号(2004年11月)に「十年」が掲載されています。どれも珠玉の詩です。
6 特設部会に向けて
拙稿を振り返ってみました。現時点で思いつく、特設部会向けの準備作業として、以下を列挙します。
- 2012年以降の『日本の科学者』と『控室』のバックナンバーの分析
- 日本の学術論文の減少傾向は2012年時点で指摘されているが、現在の状況を確認する
- 人文社会科学系研究者の推移(『学校基本調査』の院生・教員数、総務省統計局『科学技術統計研究調査』の人文社会科学系研究関係従事者・研究事務員数)
- 大学非常勤講師における本務・専業の推移
- 人文・社会科学系の専任教員に占める男女比の推移(母数となる学生の男女比との比較)
今回はひとまずここまでで筆をおきます。いやタイピングを終えます。
*1:2020年6月12日と19日にTwitter「あさだしんじ」のツイートを一部改訂したものです。
*2:ハンナ・アレント(志水速雄訳)『人間の条件』筑摩書房、1994年、22頁。傍点強調は斜体に改めました。
*3:Alf Lüdtke, Anregungskraft und blinde Stellen: Zum Alphabet des Fragenstellens nach Marx, in Lüdtke (Hrsg.), Was bleibt von marxistischen Perspektiven in der Geschichtsforschung? Göttingen: Wallstein, 1997, 7-32.