はじめに
今回は、西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループの活動のうち、2013年4月に開催された報告討論会を振り返ります*1
この報告討論会は西洋近現代史研究会との共催です。西洋近現代史研究会は、関東近郊の大学院生をはじめとした若手中心に運営されている研究会です*2。1970年にはじまった研究会ですが、気軽に色々な形式で企画ができる組織です。そちらの委員も務めていたので、二つの組織をつないで、この報告討論会が実現したわけです。
この西洋近現代史研究会での報告討論会は、同年5月に京都大学で開催された西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループ主催のアンケート報告討論会の準備報告会という位置づけでした*3
しかし、いま振り返ると、報告者も違いますし、報告内容・当日の討論もこのときならではの価値があると感じます。
1 プログラムと報告資料
この報告討論会は「日本西洋史学の未来――西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループの活動から」と銘打っています。場所は駒澤大学会館246の会議室でした。
当日のプログラムと主旨文の詳細は西洋近現代史研究会ブログ内2013年4月例会の記事を、当日の配布資料は西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループのウェブサイト内「西洋近現代史研究会4月例会」のページから入手ください。
- 第1報告 金澤宏明「日本西洋史学の将来を考える――若手研究者問題ワーキンググループの活動と研究環境」
- 第2報告 崎山直樹「現状分析と展望2013―日本西洋史学は衰退するのか?」
当日の議論については、こちらのtogetterまとめをご覧ください。
また、この会の主旨文に掲載された参考文献も列挙しておきます。
- 崎山直樹「崩壊する大学と『若手研究者問題』――現状分析と展望」『歴史学研究』第876号(2011年2月)
2 報告の振り返り
(1)金澤報告について
まず、金澤宏明さんの報告について振り返ります。本報告は、2011年後半から2013年前半までの西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループの活動をとても詳細に跡づけています。これは一つの活動記録です。
そのうえで、いくつかの論点が提示されました。
まず、「非常勤講師の同一労働同一賃金」についてです。たしかに、非常勤講師の立場からすれば、「原則はあくまで専任化」であり、その困難さから「同一労働同一賃金」を要求しています。これは、非常勤講師組合の要求からすると、1コマ5~6万円で解決するのですが、それさえ困難な状況にあります。
しかし、報告者は賃金問題だけでは解決できない問題がある点に着目します。そして、それらの問題のなかに専任教員と通底する問題があり、そこから活動の「共有知」と「共有地」をみいだせないかと提案しています。
具体的には、業務への忙殺、研究資源へのアクセスの格差、研究環境の維持の困難、地域間格差が挙げられています。そのうえで、大学院で歴史手法を学んだ厚い層があり、「若手研究者問題」について異なる立場が協力し合える地点を探そうという訴えです。
これが大学非常勤講師の立場から提起されていることに、常勤の大学教員は省みる必要があるのではないでしょうか。
そのうえで、他学会の動きを紹介し、それらとの連携の必要性を訴えています。
(2)崎山報告について
次に、崎山直樹さんの報告を振り返ります。
最初に西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループが行ったウェブ・アンケート調査中間報告書の概要が説明されています。
ここで、各立場に共通して、文献購入費・調査資金の不足、学会・研究会参加への経済的・時間的制約の厳しさ、研究時間の不足が確認でき、「個人の努力の範疇をとうに超えて」いることが確認されます。
そのうえで、研究費に関して、西洋史分野の科学研究費補助金の申請状況について、2007年から2012年までの推移を分析しています。そこでは、2012年時点までの傾向として、大型種目(基盤研究A)の回避、挑戦的萌芽の激減、基盤研究B・Cの申請数の減少が確認される一方で、若手研究者向けの申請枠である「研究スタート」(若手研究「スタートアップ」~2010年度、それ以降「研究活動スタート支援」)の増加がみられます。
こうした傾向に、科研費申請者の「安全志向」あるいは中堅・シニア層の研究の沈滞を想定できるとした一方で、若手研究者に対して「自助努力」を徹底させているのではないかと問いかけています。
最後に、若手研究者への研究支援として、大学院生への学振DC・PD申請に対する組織的支援、そして各大学は「特別研究員」制度を充実させることを説いています。具体的には、研究施設の利用・研究資料へのアクセスの確保、科研費申請のための研究者番号の付与が挙げられています。
また、科研費申請のための研究者番号をもちながら、申請していない研究者は、電子申請の手続きに不慣れな場合が多いと指摘し、若手と連携して研究費の獲得を目指すことを推奨しています。
学会として、科研費の基盤Aと基盤Bに申請することは重要であり、その年度の申請額が次年度以降の予算枠に影響するから、とのことです。科研費に落ちてがっかりするのではなく、申請すること自体に自らが属する学問分野にとって意味があるということでしょう。
3 討論について
続いて自由討論を振り返ります。会場参加者に個人名・組織名・団体名などを伏せてもらう形で、ツイートしてもらいました。それがtogetterまとめで現在でも閲覧できます。おかげでこうして2020年時点でも、当時の議論の記憶が蘇ります。
やはり、アカハラ・パワハラ問題についての発言があり、特別研究員が恣意的に利用され、実態として「若手が雑用に酷使」されていることへの不満があがりました。そのほか、いくつかの発言を以下に拾っておきます。
- ジェンダーの問題について
毎年会計連絡の時期が辛い。ポスドクで払えない方からの連絡のほか、女性研究者から「家庭に入る覚悟ができたので退会します」という連絡も。やはり研究環境の問題だけでなく、こうした昔から続くジェンダー的問題も考慮していくべきではないのか。
- 非常勤講師問題について
非常勤講師を続けることの辛さ。研究に必要なPCも買えないし年金も払えない。今は土日も働いてやっと首がつながっている状況。でもこれは若手研究者だけの問題ではなくて広く若年者雇用の問題。日本社全体の労働・格差問題と共通する部分と、若手研究者問題特有の問題を明らかにする必要性。
そのほか、世代に共通する問題として、学術成果のオープンアクセスを進める必要性が訴えられました。
最後に、ツイートで注目されました以下の発言を引用します。
大学院重点化政策のなかで、たくさんの人が歴史学の訓練を受けた。果たしてそれは質の伴わないものだったのか。
所感
冒頭でも述べましたが、振り返ってみて、貴重な報告討論会だったことに気づかされました。ツイートとtogetterでまとめてくれた皆さんに感謝を。
2013年以降の歴史学系の科研費申請数の推移について、あらためて調べてみましょうか。また何かわかることがあるかもしれません。
次回は2013年5月の京都大学で開催された西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループによるアンケート中間報告会を振り返ります。