浅田進史研究室/歴史学

研究・教育・学会活動ノート

ハラスメントと「学問の自由」について――Geschichte der Gegenwartより

 ひきつづきオンライン・ハラスメントについての勉強ノートです。

 以前に、ドイツ語歴史ウェブサイト、Geschichte der Gegenwart(現在の歴史)に掲載された論説 「神話ではなく権力関係を――学問の自由の解放的理解のために(Machtverhältnisse statt Mythen. Für ein emanzipatorisches Verständnis von Wissenschaftsfreiheit)」を紹介しました。

 

 

 もう少しこの論説の内容を要約して、その背景についての理解を深めようと思います。

 

 まず、(クィアフェミニズム的・反人種主義的立場が「学問の自由」を脅かしているという非難に直面していると言います。そのうえで、そうした自由への脅威という言い方が、個別事例を選択的・政治的に動機づけられた個別事例を劇場化させ、それが権力の非対称性をぼやかしてしまうと批判しています。

 

 ここで最初に取り上げられた事例は、イギリスの哲学者の事例ですが、そのトランスジェンダーに敵対的な発言がソーシャルメディアで批判されて教授職を辞めたというものです。この方はその数日後、新設された、「反ウォーキズム」を明確に旗印にした大学に招かれたことが明らかになりました。

 この論説の執筆者たちは、こうした動きがトランスジェンダー差別・人種差別に反対する運動に敵対的な性質をもち、そこで「学問の自由」という言葉が持ち出されていることが「学問の自由」の誤用であると批判しています。

 

 この論説を書いた人たちはフランクフルトの政治理論・哲学ワーキング・グループからなるメンバーで、2021年11月18日にツァイト紙に「私たちが考える学問の自由(Wissenschaftsfreiheit, die wir meinen)」という論説を寄稿しました。この論説に対する非難が寄せられたそうですが、その非難の特徴として、以下の3点を挙げています。

 

  • 個別事例の劇場化
  • 加害者と被害者の転倒
  • 否定された神話の拡散

 

 そのうえで、トランスジェンダーフェミニズム、反人種差別の主張が「学問の自由」を脅かしているという論難に対して、個別事例が都合よく解釈されていると批判します。そして、実際には、右翼的な学部長によって「左翼」と見なされた学生や同僚が攻撃され、大学のポストを辞めざるをえなかったイギリスの女性研究者の事例や学問の世界における非対称な権力の乱用を記録したフェミニズム研究者の研究成果が紹介されています。紹介されている研究はこちら。

 

 

 また、イギリスの大学で「言論の自由」が政府の ”Prevent Agenda” によって脅かされているというNGO団体の報告書や人権合同委員会による議会報告書があることも指摘されています。議会報告書のリンクはこちら。

 

 

 これらの報告書では、とくにBAME(Black, Asian, and minority ethnic)の学生が「あまりにラディカルな」見方を代弁すると、すぐに過激主義と疑われてしまうために、自己検閲に陥っていることが記されているといいます。また、フランスや米国でも人種主義に関する研究が「非科学的」と攻撃される状況にも言及されています。

 そのほか、加害者と被害者をひっくり返した主張によって、ヘイト・スピーチなどをともなった戦略が真っ当な批判の正当性を奪う戦略であると指摘されます。

 

 ここまで読んでようやくこの論説の背景が分かりました。論説で挙げられている具体例の詳細については、ここでは触れませんでしたが、関心のある方は論説の方をどうぞご覧ください。